01話「突撃アプローチ」

1/1
前へ
/5ページ
次へ

01話「突撃アプローチ」

 朝の柔らかな陽光が、料理教室の窓ガラスを淡く照らしている。  天宮遥はエプロンのひもを背中で結びながら、今日のレッスンで使う食材の最終確認をしていた。  キッチン台の上には、色とりどりの野菜や調味料が並べられている。彩りを考えたこの配置には、彼の几帳面な性格がそのまま表れていた。 「……さて、今日も平和に終わりますように」  自然と漏れた独り言。  穏やかな日々を望む彼にとって、料理教室の時間は心の癒しでもあった。  やがて、生徒たちが次々と教室に入ってくる。 「おはようございます、先生!」  元気な主婦が明るい声で挨拶をすると、それに続いて常連の生徒たちがおはようございます、と声をかける。 「おはようございます、皆さん。今日もよろしくお願いします」  遥は笑顔で応えながら、彼らの手際よく準備する姿を見守る。こうして始まる和やかな朝は、いつもと変わらない。  そう思っていた――その時までは。 「あの、すみません! ここって料理教室、ですよね?」  ドアの向こうから響く、少し高めの若い男性の声。振り返ると、背の高い黒髪の青年が立っていた。彼は初めて見る顔で、少し緊張した様子を見せている。 「ええ、そうですが……本日から参加される方ですか?」  遥が尋ねると、青年は一歩前に出て深々と頭を下げた。 「はい!  今日からお世話になります、篠原奏多です!」  勢いよく頭を上げた奏多の顔には、屈託のない笑顔が浮かんでいる。その無邪気さに、遥は少しだけ驚いた。 「篠原……奏多さん?」 「そうです! 兄が天宮先生の高校の同級生だったんです。えっと、篠原隆一って覚えてます?」  遥は思わず篠原隆一という名前を反芻した。懐かしさとともに、高校時代の光景が頭をよぎる。 「ええ、もちろん覚えています。でも、君が篠原くんの弟だなんてね」 「兄さんから同級生がめっちゃ上手い料理教室の先生をしているって聞いて、絶対先生に教えてもらいたいと思ったんですよ!」 「あはは、めっちゃ上手いかはわかりませんが……」  ――また随分と唐突だな。 「とはいえ、今日は楽しんでいってください。初めての参加ですよね?」 「はい! あ、でも……楽しむより、実は先生に近づくのが目的かも?」  その一言に、周囲の生徒たちが目を見開く。  奏多の笑顔には、どこか挑発的な意味が込められているように感じた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加