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薄暗い病棟の中を真っ直ぐ進み、階段を上って面会カードに記された病室を目指す。エレベーターで行こうかと思ったが、足は自然とこちらに向かっていた。一歩一歩階段を踏みしめる度に動悸がして、息が上がってゆく。運動不足だろうか? それとも、空調の効いた病院内の室温に当てられて、外との温度差に身体が参っているのだろうか?
どちらもありそうだが、恐らく違う。私の手は、まだ震え続けていた。コートの内側に手を差し込み、そこにある感触に触れて、どうにか鎮めようとする。
目的の階層に着いた時には、既に息も絶え絶えになっていた。それでも私は歯を食いしばり、きつく目線を上げて足を前に踏み出す。
目的の病室まで辿り着いた時には、不思議と動悸も息切れも手の震えも収まっていた。私は一度大きく深呼吸し、ドアをスライドさせて中へ足を踏み入れた。
そこにあったのは、6床のベッド。横たわる患者は2人。いずれもカーテンは引かれていないが、室内の電気は落とされている。両方とも眠っているのだろうか、穏やかな寝息が聴こえるばかりで入ってきた私を誰何する声は無い。
私はその内のひとりにそっと足音を忍ばせて近付いた。闇の中に浮かび上がったのは、痩せて枯れ枝のようになった腕とシワとシミに覆われた男の顔。
「父さん、来たよ」
呼び掛ける声に、答えはやはり無かった。
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