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窓の外では、大粒の雨が今も降り続いている。ざあざあという音を奏でて、無数の雫が窓ガラスを流れていく。
「父さん、寝てるのか? いや、起きててもどうせ分からないんだろうけどさ」
すっかり小さく、弱々しくなってしまった父の姿に、私は無意味な言葉を投げつける。
遣る瀬無さで、胸が張り裂けそうだった。
物心ついた時から、私は父と2人きりだった。母は知らない。父は男でひとつで私を育て上げ、大人になるまで面倒を見てくれた。高校だけでなく、大学にまで行かせてくれたことにも感謝している。父が居なければ、今の私は無い。
その一方で、幼少の頃から受けた理不尽な仕打ちも両手の指では足りないほどに存在する。
些細な切っ掛けで癇癪を起こし、酒に溺れては横暴に振る舞い、もう居ない母を罵倒し、私にも心無い暴言を吐き、時には故なく暴力を振るわれたりもした。感情が昂りすぎて取り乱し、泣きわめきながら自殺を図ったことさえある。
「お前の母親は最低の女だ、あんな奴は人間じゃねえ」
「お前なんか産まれなきゃ良かった、お前の所為で俺は自由に生きられねえんだ」
「お前、なんだその目は? 俺なんか死ねば良いと思ってんだろ。ああ、じゃあ死んでやるよ。死にゃあ良いんだろ、俺がよ」
このようなことを口走りながら、父は度々理解に苦しむ行動を起こしていたのだ。その一方で、感情に振り回されていない時の父は、非常に厳格だが真面目な常識家として生きてきた。職場等での評判も、決して悪いものでは無かったらしい。
だが子供だった私は、そんな父が持つ極端な二面性にほとほと苦しめられた。常に父の顔色を伺い、機嫌を損ねないよう注意を払う日々に疲れ切ってしまっていた。
高校を卒業し、遠くの大学に合格した時は、進学できる喜びよりも父と離れられる解放感の方が遥かに強かったくらいだ。
それから私はひとり暮らしを始め、以来父とは距離を置きつつ過ごしてきた。
父が倒れたと知らされたのは、一年前のことだった。
驚き、取るものも取り敢えず父が運び込まれた病院に駆けつけた時、私の顔を見た父は不思議そうにこう言い放ったのだ。
「お前さんは、誰だったかな?」
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