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最悪な気分でも与えられる仕事量は変わらないのであって。
しかも今日に限って山のようにあり、結局一人で残業になってしまった。
悔しいけど、皆が言うとおり私には本当の意味での会社の顔にはなれず、できることと言えば事務的なことばかり。
だけどそれだって一つ一つを丁寧に磨き上げていけば、会社にとって大切な歯車の一員になれると信じている。
「お疲れさまです」
「はいお疲れ」
全ての仕事を片付け、出入り口にいる警備員のおじさんに挨拶してビルを出る。
「ふぁー!」
背後から盛大な欠伸が聞こえた。
振り向いて一瞥すると、警備員のおじさんはかなり疲れている様子。
よくよく考えたら、彼のおかげで私はこんな時間まで安心して働けるんだよね。
そう思ったら、自然と足が自動販売機に向かっていた。
季節は秋だけれど、今夜は冬みたいに寒い。
ペットボトルのホットコーヒーを二本買って、またビルの入り口に戻る。
「はいおはよー」
そんな冗談を言うおじさんに、ペットボトルを手渡した。
「すみません、何故か二つ出てきて。一本もらってください」
「おー、ありがとう!」
おじさんは嬉しそうに微笑んでくれて、少しだけ疲労が癒えた。
「いつもありがとうございます」
自然と顔が綻ぶと、おじさんは「ズキュン」と呟く。
今度こそビルを出て駅へと急いだ。
改札を通った時、前を歩いていた若い男性のリュックからポロッと何かが落下する。
思わず拾い上げると、女性のイラストが描いてあるアクリルキーホルダーだった。
「あの、落としました」
そう呼び止めても、男性は気づかずにどんどん先を歩き、もうすぐ電車が来るのか途中から走り出した。
成り行きで私も走ることに。
「あのっ……」
結局全力疾走でホームへの階段を駆け上り、ようやく男性に追いつくことができた。
「お……落とし……ました……」
息も絶え絶えにキーホルダーを手渡すと、驚きの声を上げる男性。
「えー! ありがとうございます! これ、二度と手に入らないやつなんです! うわ、良かったー!」
「それは……よかった……」
疲労困憊な状況での猛ダッシュは身体にくる。
ヘロヘロになった足でやっと反対側のホームに辿り着いた瞬間、既に到着していた電車のドアが閉まり走り出してしまった。
「……………………」
無言で電車を見送る。
最早無の境地だった。
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