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ベンチに座ってさっき買ったペットボトルのコーヒーを一口飲む。
思い浮かぶのは織原さんのことばかりで。
今、何してるんだろう。
ご飯ちゃんと食べられた?
今夜眠れるだろうか。
私なんかに心配されたくはないと思うけれど、どうしても気になってしまって。
彼が辛い時、自分にできることは何もないことが歯痒くて仕方ない。
仕事で役に立つことすら、望みは薄い。
ため息をついた頃に、次の電車がやって来た。
中途半端に混んでいる車内で、つり革につかまり揺られながら帰路へ向かう。
なん駅か過ぎた辺りで奇跡的に目の前の席が空いた。
疲れた身体には、こんなことすらも身に染みるように嬉しい。
やっとのことで座れる、と腰を下ろそうとした瞬間、今まで隣に立っていた若い女性が目を瞑り船をこいでいるのが見えた。
「………………」
疲れレベルで言ったら、彼女の方が上か。
勝手に敗北を認め、女性の肩をそっと叩いた。
「あの、席空きましたよ」
静かに伝えると、彼女はホッとしたように口角を上げ会釈をし、脱力するように席に座った。
お疲れさま、と心の中で呟く。
この場にいる人達が皆同志に思えてきた。
結局ずっと立ったまま、約一時間の電車の旅を終える。
自宅の最寄り駅のホームは人がまばらだった。
いつも通っている小料理屋でヤケ酒でもして帰ろうかとも思ったけれど、今はそんな気力もない。
とぼとぼと弱い足取りで、最後の力を振り絞ってマンションへと歩く。
「………………」
足に当たって、音を立てて地面をスライドする空き缶。
もうほとんど無意識にそれを拾って、近くにあった自動販売機のゴミ箱に捨てた。
その瞬間。
「……春野さん」
またもや幻聴かと思った。
背後から織原さんの声がして、心臓が止まりそうになる。
恐る恐る振り向くと、やはり彼の姿が。
「突然声かけてごめん。春野さん見かけてから、いつ話しかけようかタイミング失って……」
まさか。なんでこんな下町に彼が。
ガクガクしながら驚愕の表情をして尋ねる。
「ちなみに……いつからですか?」
彼は少し躊躇ったのち答えた。
「……警備員さんにコーヒー渡してる時から」
「………………」
…………死ぬほど恥ずかしすぎる。
途端に体温が上昇し湯気が出る勢いの私を見て、織原さんは何故か嬉しそうに笑った。
「なんかすごく、癒された」
私の情けない醜態を見て?
いいやそれでも嬉しい。
少しでも彼の気が紛れるなら。
それに、思ったよりも元気そうな様子を見て安心した。
「私に何か用ですか?」
舞い上がる気持ちとは裏腹に、やっぱり素っ気ない態度をとってしまう愚かな私。
彼は少し顔を赤らめて言った。
「……よかったら少し一緒に飲めないかなって」
「ふ、」
ふぐっ! そんな悲鳴を漏らすのをすんでのところで我慢した。
何故に私と晩酌を!?
一体今何が起こってるの!?
これは私の夢の中!?
「いやー、ちょっと無理ですね」
そして私何故にそんな塩対応!?
だけど無理なのは本音だ。
織原さんと二人でお酒を飲むなんて私には贅沢すぎる。
それに酔ったところを見られたら、100%引かれるの間違いなし!
「そっか……」
寂しげに笑う彼に胸が痛んだ。
ここまで来てくれたのに、そんな言い方はなかった。
もしかしたら、業務上で何か私に伝えたいことがあるのかもしれないし。
……もしかして、異動の件?
「ヤケ酒付き合ってもらおうとしたのにな」
そんな呟きに、雷に打たれたかのような衝撃を受ける。
……ヤケ酒。
当たり前かもしれないけど、やっぱり織原さんは失恋に傷ついているんだ。
「ヤケ酒、ですか?」
「そう。一杯だけ、付き合ってくれないかな」
「………………」
懇願するような瞳にグッときて、胸が苦しい。
私なんかでよければ。
少しでも、織原さんの役に立てるなら。
「……仕方ないですね。一杯だけなら」
本心とは真逆の態度をとる私に、織原さんは「ありがとう」と笑った。
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