慰めてあげる

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 いろいろ考えた末、さっき行くか迷っていたいつも通っている小料理屋に彼を案内することにした。  この近辺ではそこが一番、料理が美味しいと思っている。  傷心の彼に、せめて美味しいものを食べてほしかった。  現在時刻は21:00。22時閉店だったはずだから、一杯くらいは飲めるだろう。 「ここです」  暖簾をくぐり店内に入ると、大将と女将さんが笑顔で迎え入れてくれる。 「美子ちゃん、随分男前な人連れて来てどうしたの!」 「彼氏できたんか」  開口一番にそう言われ冷や汗が出る。  いつもお世話になっているけれど、こんなふうに葉っぱをかけられるのは想定外だった。 「じ、上司です」  ぎこちない紹介に、隣の織原さんは爽やかに笑う。 「初めまして、織原です」  こうやってどんな時も朗らかに挨拶するところも大好きだ。 「まあ声も素敵!」 「いい男つかまえたなぁ!」  だから上司です、というツッコミも諦めた。  いつもはカウンターだけど、二人のはからいで端のテーブル席に案内してもらう。  メニューを広げる織原さんをこっそり見つめ、くすぐったい気持ちになった。  織原さんと飲めるなんて夢みたい。  だけど彼は傷心中。私情は捨て去りヤケ酒に付き合うことに専念しなきゃ。 「織原さん、ここのお店なんでも美味しいですよ」  お勧めメニューを力説する私を、織原さんは優しい眼差しで見つめてくれる。  どこか上機嫌で、落ち込んでいるようには見えない。  感情を一切表に出さないなんて、流石大人の男性だ。  オーダーを取りにきてくれた女将さんが笑った。 「織原さん、この子すごく良い子なんですよ」 「え!?」  またもや予期せぬ女将さんの発言に慌てふためく。 「忙しい時、皿洗い手伝ってくれたり」  まずい。そんな柄にもないところがバレたら恥ずかしすぎる。 「あー」と煩くない程度の声を出し、女将さんの言葉をかき消そうと必死だった。 「お客さんに店員と間違えられた時も、嫌な顔しないでそのまま注文受けてくれたり」 「あーーーーーーーーーーー」 「…………ふっ」  あまりの必死さが滑稽だったのか、織原さんは突然噴き出して笑った。 「ははは……!」  楽しそうに声を上げて笑う織原さんに絶句する。  こんなふうに笑ってるとこ、初めて見た。 「……素敵です。彼女、職場でもそうですよ」  まさかそんなふうに言ってくれるなんて、社交辞令でも嬉しかった。  それに、子供みたいに無邪気に笑っているところは愛らしくて。  胸が締めつけられて苦しい。  もっと織原さんのことが好きになってしまうなんて。 「早く注文しますよ」  それでも恥ずかしくて、ムッとしてメニューの方に視線を移してしまった。  
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