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「………………やってしまった」
女子トイレの個室に籠もって頭を抱え、一人反省会が始まる。
……なんてことをしてしまったんだろう。
あれから男性達は畏縮しきりで静かになってしまい、出会いどころではなくなった。
女性達はイキイキと楽しそうに飲んでいたことだけが救いだけど。
せっかく果穂がいろいろと気遣ってくれて素敵なワンピースまで用意してくれたのに、台無しにしてしまうなんて。
仕事中は虚勢を張って気が強い振りをしているけれど、酔うと本当に勝ち気になってしまうのは私の悪い癖だ。
「とにかく謝らないと……」
そう思い直して女子トイレから出た瞬間、外にいた人とぶつかる。
「すみません!」
謝って顔を上げた瞬間、絶句した。
「美子ちゃん……」
恍惚とした顔で私を見つめているのは、さっきまで一緒に飲んでいた斜め向かい席の起業家の男性。
「待ってたよ。これから二人で飲み直さない?」
「え!?」
「……俺、実はドMなんだ。君みたいな強烈な女性を待っていた」
「………………」
えーーー!
予想外なことが起きてしまった。
まさか、素の私を気に入ってくれる人が現れるなんて。
「お仕置きしてください、女王様……」
……でも全然嬉しくないっ!
うっとりと私に迫る男性に、ゾワッと鳥肌が立って冷や汗が噴き出した。
「ごめんなさい、あの」
「さっきみたいに叱ってよ」
「離してください!」
「もっと……」
強く腕を掴まれ、だんだん恐怖を覚えた。
早く果穂のところに戻らなくちゃ。
「ごめんなさい、ホントに私、」
────「離してください」
突然背後に温もりを感じたと思ったら、耳にバリトンボイスが響いた。
ひとたび聞くだけで心臓が大きく弾むほど、うっとりするような素敵な声。
鼻には色気を感じるような甘いウッド系の香水が香って、嗅いでいるだけで夢心地の気分になる。
「織原さん!?」
振り仰いだ先には、やっぱり彼の姿がある。
酔いすぎて幻覚を見ているのではないかと、一瞬自分を疑った。
「俺の彼女に触らないでください」
ハッキリとそんな声が響いて、益々錯乱する。
男性の手を掴み私の腕から離すと、勢いよく私を抱き寄せる織原さん。
目眩がして、気を失う寸前だった。
「彼氏いるなら合コンなんて来るなよ!」
そう捨てゼリフを吐いて去って行く男性を放心状態で見送り、彼の腕の中でしばらくフリーズする。
「………………」
「大丈夫? 春野さん」
そんな呼びかけにたちまち我に返って、勢いよく離れた。
「申し訳ありません。ありがとうございました」
いつものように真顔で最敬礼する。
ガクガク震えている身体で必死に取り繕うしかない。
「……やっぱり春野さんだった。雰囲気違うから驚いたよ」
いつもの王子様のような微笑みにドキッとする。
そしてあろうことか、彼は私の耳元で囁くのだった。
「……すごく綺麗だ」
ゾクッと身体の奥が震えて、急激に鼓動が速まる。
だけど同時に切なさに襲われて、キッと彼を睨んだ。
「パートナーがいる人が、他の女性にそんなこと言ってはいけませんよ。彼女さんが悲しみます」
私はどうしてこうも可愛げがない女なんだろう。
いつも正論を振りかざすばかりで。
やるせなさに唇を噛んだ瞬間、織原さんは嬉しそうに笑った。
「たった今フリーになりました」
「へ?」
今なんて。
「随分酔ってるようだけど、大丈夫? よければ送るよ」
「………………」
待って待って。どういうこと?
フリーになったって。
……送るって、私を?
「美子ー!? どこなのー!?」
混乱した中、果穂の呼ぶ声が助け船のように響く。
「大丈夫です。ありがとうございました」
「待って、」
パニック状態のまま、逃げるように果穂のところに駆け出した。
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