なんか、もう

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 彼女は言ったはずだ。「ミステリアスでつかみどころのない感じが好きだよ」と。しかし後に「本当嘘つきでうんざり。なんで素直になれないの? ほかにも隠し事してるでしょ、ねえ」と言った。  女心と秋の空。女という生き物は、同じ事柄でも自分の心境ひとつで、こうも解釈を捻じ曲げて雨にも晴れにもしてしまう。天をもあざむく言葉の魔術師である。窓の外を望めば、遠くの山では秋の暖色に包まれた木々と青空に、ため息のひとつもつきたくなる。  深く洞察せずとも、彼女の発言の本質は同じであって、後者はあたかも俺が悪い。みたく断定している。彼女の感じ方が変わっただけだろうに。俺の責任みたく言うなよ。 ――もうやってられない。  喧嘩の延長線上で俺のこぼしたこの言葉に、彼女は待ってました。とアシンメトリーな微笑みを浮かべ、離婚届を俺の前に叩きつけた。勢いに任して俺はサインした。いや、させるように仕向けられたというほうが正確か。  彼女が悪いと決めつけてしまえば、まさしく俺も彼女と同類の他責志向人間みたくなってしまうから、そこまで落ちぶれたくはない。  彼女が離婚してすぐに他の男とくっついたことも知っていたけれど、いい。もういい。好きな男のところへ行けばいい。むしろ、こんなクソ女に引っかかってしまった男に、手でも合しておいてやろう。合掌。嘲笑、嘲笑。  一拍手二嘲笑が、クソ女に惑わされた男へ捧げる作法です。せめてもの供養です。  さて、そう苛立ってしまうのも、彼女の発言はわりと図星でもあったから。そう、俺は素直じゃない。彼女のように素直な感情表現ができたなら、どれだけ楽だっただろうか。  俺は正直にあれこれ言う性格ではないし、相手が傷つくようなことを率先して語る必要はないと思っている。そのほうが円満な夫婦生活を営めると思っていた。だが、もう少し素直であったほうが良かった。わりと心から反省しているつもりだ。四十二年生きてきたが、これから先の人生は、できる限り素直に生きようと誓った。  そんな折に、SNSで一通のDMが届いた。知らない女だった。俺が熱心に投稿していた古着のことに触れて「私も古着が好きなんです」、なんて送ってくるものだから、まんまと返信してしまったのが、ことの始まりだった。  その女、アカウント名をララ。気軽にララちゃんと呼んでほしいとか、古着についてもっと教えてほしいとか。そんなことをやりとりしていた。  おおよそ察していた。ララは金銭目的だということ。この手の女は「金になりそうな男」をピックアップする能力に長けている。のかどうかは知らないが、いくら俺が強がったところで、俺は元嫁に「捨てられた男」というのが事実。まやかしとわかっていても、傷心中の俺には効いた。特効薬としてのララ。  ララはよくできた女だった。俺のかゆいところを即座に察知して、すぐさま解消するような。機械的で、作り物で、どこか無機質な愛だけれど、精巧に。ロマンス詐欺ってこんな具合かと、感心もしつつメッセージをやりとりしていた。  だから、ララ、もとい詐欺師をおちょくってやろう。くらいの心持ちでいたほうが俺としては健全だろうと考えた。もとより、俺は用心深い人間だから騙されることはない。ほんの遊び。そのくらいに身構えてララと会うことにした。    「は、はじめまして、ラ、ララです」  驚いた。ララは目立つような容姿ではない。DMでの流暢な文章のやりとりとは対照的に、陰キャっぽい。加えて男慣れしていないような印象も。 「じゃあ、約束していた通り古着屋に行こうか」  趣味の合う女ってのに憧れていた。元嫁は古着なんて不潔だとか、そんなみすぼらしい格好でよく外出できるね。と不快感をあらわにしていた。逆にブランド品志向の元嫁は、俺から言わせれば、「どれだけ自分を着飾っても底の浅い人間性は変わらない。見栄を撒き散らして、気持ちよくなっているだけのブランドに着られているマネキン以下の存在」だ。  古着は魅力的である。何が良いって、それは一点ものであるということ。時代と人が積み重ねてきたその風合いは、唯一無二の存在。この味がわかる女ってのも稀有だ。  行きつけのこぢんまりとした古着屋にふたりで入店した。  扉についている鈴がカランカランと鳴る。髭面の店主が「っしゃい」と小気味よく言う。インドのお香が焚かれていて、白檀の匂いが濃い。俺の心が高鳴る空間。
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