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兄(偽)
起きると家族が増えており、おれは一人っ子の筈なのに兄が笑顔で「おはよう」と話しかけてきた。母親と父親もにこにこしていた。まるで前からいたかのような兄について言及すべきかどうか悩みはしたが、一応「この人は誰?」と朝の食卓で聞いてみた。
父親が二回ほど頷き、トーストを齧ってからおれを見た。
「この人は、兄さんだよ」
「それはまあ、年齢とか話し方とかでわかるけど、おれは兄どころか妹やら姉もいない一人っ子じゃん」
「そう、そこなんだよ」
父親は眼鏡を指で押し上げて「兄弟は必要かなと思ってな」と言ってから、自分のスマホの画面を見せてきた。
WEBサイトが表示されていた。あなたの子供に兄弟を、と大きな文字で冒頭に書かれていた。
「兄弟を作ってくれるサービスなのよ」
母親が割り込んで朗らかに言った。
「あなたは下の兄弟より、上の兄弟のほうが合うかなと思ったの」
「姉には、しなかったんだ」
「服の用意に手間取るから、あなたのお古を流用できるお兄ちゃんにしたのよ」
兄らしきものを見る。微笑みながら、見つめ返してきた。服はたしかにおれが着なくなった昔の流行りのネルシャツだった。
「兄として今日からよろしくな。何でも相談してくれていいよ、俺の弟なんだから」
朗らかに話し掛けられて、つい頷いた。父親が笑みを深めてからコーンスープをすすった。母親はサラダを食べたあとに減っていた俺のココアを継ぎ足した。兄の目の前には何も置かれていなかった。ゆるく握られた両拳が微動もせずにテーブルの上に添えられていた。
こいつは兄としても偽物だけど人間としても偽物のようだった。
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