アラブの至宝 10

2/2
前へ
/2ページ
次へ
 「…それは…」  と、アムンゼン…  「…それは、どうしたのかね?…」  葉敬が、聞く…  子供をからかうように、聞く…  よく大人が、子供にやる手だ…  例えば、誰が見ても、ある男の子が、ある女の子を好きなのを、見て、  「…○○君は、○○さんが、好きなの? …将来は、結婚したい?…」  と、聞く…  実にありがちなことだ…  葉敬も、それをしたに過ぎない…  しかしながら、アムンゼンもそれが、わかっているだろうに、答えなかった…  なにも、言わんかった…  どうして、なにも、言わないのか?  私は、謎だった…  いや、  私だけでは、ない…  葉敬も、バニラも、謎だったに違いない…  アムンゼンが、葉敬の質問に、ずっと、黙っていると、  「…どうなの? …アムンゼン? …さっさと、答えなさいよ…」  と、いきなり、マリアが怒鳴った…  小さなカラダから、こんな大きな声が出るのかと、思うほど、大きな声で、怒鳴った…  私は、それを見て、  …マリアが、いるから、答えなかったのか!…  と、気付いた…  そして、それに、気付いたのは、私だけでは、なかった…  マリアの母親のバニラも、また気付いた…  だから、私とバニラは、互いに顔を見合わせて、笑った…  ニヤリとした…  が、  葉敬とマリアは、違った…  とりわけ、マリアは、違った…  怒髪天を衝く、怒りの表情で、  「 さっさと、答えなさいよ…アムンゼン!…」  と、質問を繰り返した…  正直、アムンゼンが、可哀そうなほどのマリアの怒り方だった…  それを、見て、葉敬が、  「…これは、アムンゼン君にすまない質問をしたね…許してくれ…」  と、笑いながら、言った…  マリアが、アムンゼンを好きなことを、今さらながら、気付いたからだ…  だから、葉敬が、片目をつぶって、茶目っ気たっぷりに、  「…では、今の質問の回答は、私とアムンゼン君が、二人だけのときに、してくれ…」  と、言って、笑った…  実に、愉快そうに、笑った…  が、  アムンゼンは、違ったらしい…  葉敬の質問に、真面目に、答えた…  「…リンが、もし、矢田さんの言うように、横柄な性格なら、幻滅です…」  と、答えた…  「…あんなに、苦労して、やっと成功を掴んだリンが、そんなに横柄で、わがままな性格なら、幻滅です…」  と、呟いた…  私は、それを、聞いて、  …このアムンゼンは、ホントに、あのリンを好きなのか?…  と、思った…  …このアラブの至宝は、ホントに、あのリンを好きなのか?…  と、考えた…  たしかに、このアムンゼンの住む豪邸に飾られたリンをモチーフとした絵画を見れば、一目瞭然…  このアムンゼンが、リンを好きなのは、一目瞭然だ…  が、  このアムンゼンは、アラブの至宝…  アラブの至宝と呼ばれるほどの、頭脳の持ち主…  だから、一筋縄では、いかないというか…  なにか、裏がある?  と、思ってしまう…  私にわざと、あのリンをモチーフとした絵画を見せて、私に、自分が、リンのファンだと、思わせる…  そんな裏があると、思ってしまう…  つまり、目的は、別にある…  そう、思ってしまう…  つい、深読みしてしまう…  どうしても、深読みしてしまう…  そういうことだ…  が、  私が、そんなことを、考えていると、マリアが、  「…そんなことより、アンタが、リンを好きなのか、どうかでしょ? 答えなさいよ…」  と、怒鳴った…  猛烈な勢いで、怒鳴った…  私とバニラは、それを見て、思わず、笑ってしまうところだが、マリア本人にとっては、笑うどころでは、ないのかも、しれない…  マリア本人にとっては、それほど重要なことなのかも、しれない…  なにしろ、普段、このアムンゼンは、マリアにデレデレ…  デレデレだ(笑)…  そのアムンゼンが、自分以外の女に夢中なのが、許せんのかも、しれんかった…  これは、誰もが、同じ…  同じだ…  自分が、さして、好きでもない相手でも、相手が、自分を好きだと、言ってくれれば、誰もが、嬉しいものだからだ…  例えば、付き合うとか、結婚するとか、そこまで、いかなくても、自分を好きだと、言われれば、誰でも、嬉しいものだからだ…  これは、男も女も、同じ…  同じだ…  老いも若きも、ない…  皆、同じだ…  だから、このマリアも、どれだけ、アムンゼンを好きなのか、どうかは、わからないが、普段、自分を好きだと、公言している、アムンゼンが、自分以外の女を好きだと、言うのが、許せんのだろう…  当たり前のことだ…  そして、私が、そんなことを、考えていると、  「…好きなことは、好き…」  と、ポツリと、呟いた…  「…でも、それは、苦労の末に、成功したから…その過程が、好き…」  と、続けた…  「…どういうこと?…」  と、マリアが、聞く。  「…いいなさいよ、アムンゼン…」  「…苦労をしているのが、いいんですよ…長年の苦労の末に成功を掴む…だから、いいんです…」  「…どうしてよ…」  「…だって、生まれながらに、美人に生まれ、家も金持ち…そんな人間が、成功しても、別に、誰も憧れませんよ…」  アムンゼンが、呟く…  私は、それを、聞いて、  …そういうことか!…  と、気付いた…  このアムンゼンは、リンに自分を投影しているんだ!…  リンに自分の姿を見ているんだ!  と、気付いた…  このアムンゼンは、生まれながらの金持ち…  サウジアラビアの王族だからだ…  おまけに、王族の中でも、国王に近い存在…  父親が、前国王で、兄が、現国王…  だから、いわゆる、王族の中でも、主流というか…  傍流ではない…  つまりは、ピカピカの血筋の持ち主…  サラブレッドだ…  そして、頭もいい…  頭も切れる…  アラブの至宝と呼ばれるほど、切れる…  しかしながら、小人症…  大人になれない、カラダの持ち主だ…  その優れた血筋と頭脳の真逆の、劣ったカラダの持ち主だ…  だからこそ、他人の痛みがわかるのだろう…  他人の苦しみが、誰よりも、わかるのだろう…  本来、このアムンゼンほどの、血筋と、頭脳の持ち主では、他人の苦しみは、わからない…  いや、  わからないのではなく、実感できないのだ…  なぜなら、自分の血筋と、優れた頭脳の前には、そんな人間は、いないからだ…  だから、余計に、実感できない…  見たことが、ないから、実感が、できない…  想像は、できるが、実感は、できない…  そういうことだ…  が、  アムンゼンは、おそらく、リンの経歴を見て、好きになったのだろう…  リンは、美人だが、苦労人…  三十路を過ぎて、成功した苦労人だからだ…  それが、このアムンゼンが、リンに惹かれる理由かも、しれない…  このアムンゼンは、完璧ではない…  何度も言うが、小人症だからだ…  金も頭もあるのに、カラダがない…  だから、もしかしたら、完璧な肉体を持つ、苦労人のリンに惹かれたのかも、しれない…  なぜなら、リンも完璧では、ないからだ…  当たり前だが、普通に考えれば、金持ちの家に生まれたり、頭が、極端に良いということは、ないだろう…  つまりは、劣った部分がある…  そこに、このアムンゼンが、共感したのかも、しれない…  劣った人間が、成功する…  そのことに、共感したのかも、しれない…  二人は、真逆…  まさに、真逆だ…  リンは、美しい顔とカラダを持っている…  が、  アムンゼンには、子供のカラダしかない…  また、  リンは、おそらく、平凡な家庭や頭脳の持ち主だろう…  片や、アムンゼンは、大金持ちで、おまけに優秀な頭脳の持ち主…  つまりは、リンが、持つものは、アムンゼンになく、アムンゼンが、持つものは、リンにない…  正真正銘の真逆…  まさに、真逆だ…  だから、惹かれるのだろう…  そして、苦労人のリンが、成功した…  それを知って、アムンゼンは、喜んだに違いない…  自分のことのように、喜んだに違いない…  しかしながら、いざ、成功すると、それまでの苦労を忘れ、途端に横柄になる…  自分勝手なわがままな人間になる…  それを、聞いて、落胆したのかも、しれない…  苦労をしたことで、他人の痛みを知る…  それが、わかっているにも、かかわらず、横柄な態度を取る…  それを、聞いて、落胆したのかも、しれない…  なまじ、苦労の末に成功を掴んだのだから、他人にも、優しく接してもらいたい…  そう考えたのかも、しれんかった…  大金持ちの子供に生まれ、頭脳も優秀なアムンゼンだが、子供のカラダしかない…  それゆえ、他人の痛みを知る…  だから、リンも、自分と同じように、他人の痛みが、わかってほしかったのかも、しれない…  私が、そう考えていると、リンが戻って来た…                <続く>
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加