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「…それは…」
と、アムンゼン…
「…それは、どうしたのかね?…」
葉敬が、聞く…
子供をからかうように、聞く…
よく大人が、子供にやる手だ…
例えば、誰が見ても、ある男の子が、ある女の子を好きなのを、見て、
「…○○君は、○○さんが、好きなの? …将来は、結婚したい?…」
と、聞く…
実にありがちなことだ…
葉敬も、それをしたに過ぎない…
しかしながら、アムンゼンもそれが、わかっているだろうに、答えなかった…
なにも、言わんかった…
どうして、なにも、言わないのか?
私は、謎だった…
いや、
私だけでは、ない…
葉敬も、バニラも、謎だったに違いない…
アムンゼンが、葉敬の質問に、ずっと、黙っていると、
「…どうなの? …アムンゼン? …さっさと、答えなさいよ…」
と、いきなり、マリアが怒鳴った…
小さなカラダから、こんな大きな声が出るのかと、思うほど、大きな声で、怒鳴った…
私は、それを見て、
…マリアが、いるから、答えなかったのか!…
と、気付いた…
そして、それに、気付いたのは、私だけでは、なかった…
マリアの母親のバニラも、また気付いた…
だから、私とバニラは、互いに顔を見合わせて、笑った…
ニヤリとした…
が、
葉敬とマリアは、違った…
とりわけ、マリアは、違った…
怒髪天を衝く、怒りの表情で、
「 さっさと、答えなさいよ…アムンゼン!…」
と、質問を繰り返した…
正直、アムンゼンが、可哀そうなほどのマリアの怒り方だった…
それを、見て、葉敬が、
「…これは、アムンゼン君にすまない質問をしたね…許してくれ…」
と、笑いながら、言った…
マリアが、アムンゼンを好きなことを、今さらながら、気付いたからだ…
だから、葉敬が、片目をつぶって、茶目っ気たっぷりに、
「…では、今の質問の回答は、私とアムンゼン君が、二人だけのときに、してくれ…」
と、言って、笑った…
実に、愉快そうに、笑った…
が、
アムンゼンは、違ったらしい…
葉敬の質問に、真面目に、答えた…
「…リンが、もし、矢田さんの言うように、横柄な性格なら、幻滅です…」
と、答えた…
「…あんなに、苦労して、やっと成功を掴んだリンが、そんなに横柄で、わがままな性格なら、幻滅です…」
と、呟いた…
私は、それを、聞いて、
…このアムンゼンは、ホントに、あのリンを好きなのか?…
と、思った…
…このアラブの至宝は、ホントに、あのリンを好きなのか?…
と、考えた…
たしかに、このアムンゼンの住む豪邸に飾られたリンをモチーフとした絵画を見れば、一目瞭然…
このアムンゼンが、リンを好きなのは、一目瞭然だ…
が、
このアムンゼンは、アラブの至宝…
アラブの至宝と呼ばれるほどの、頭脳の持ち主…
だから、一筋縄では、いかないというか…
なにか、裏がある?
と、思ってしまう…
私にわざと、あのリンをモチーフとした絵画を見せて、私に、自分が、リンのファンだと、思わせる…
そんな裏があると、思ってしまう…
つまり、目的は、別にある…
そう、思ってしまう…
つい、深読みしてしまう…
どうしても、深読みしてしまう…
そういうことだ…
が、
私が、そんなことを、考えていると、マリアが、
「…そんなことより、アンタが、リンを好きなのか、どうかでしょ? 答えなさいよ…」
と、怒鳴った…
猛烈な勢いで、怒鳴った…
私とバニラは、それを見て、思わず、笑ってしまうところだが、マリア本人にとっては、笑うどころでは、ないのかも、しれない…
マリア本人にとっては、それほど重要なことなのかも、しれない…
なにしろ、普段、このアムンゼンは、マリアにデレデレ…
デレデレだ(笑)…
そのアムンゼンが、自分以外の女に夢中なのが、許せんのかも、しれんかった…
これは、誰もが、同じ…
同じだ…
自分が、さして、好きでもない相手でも、相手が、自分を好きだと、言ってくれれば、誰もが、嬉しいものだからだ…
例えば、付き合うとか、結婚するとか、そこまで、いかなくても、自分を好きだと、言われれば、誰でも、嬉しいものだからだ…
これは、男も女も、同じ…
同じだ…
老いも若きも、ない…
皆、同じだ…
だから、このマリアも、どれだけ、アムンゼンを好きなのか、どうかは、わからないが、普段、自分を好きだと、公言している、アムンゼンが、自分以外の女を好きだと、言うのが、許せんのだろう…
当たり前のことだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…好きなことは、好き…」
と、ポツリと、呟いた…
「…でも、それは、苦労の末に、成功したから…その過程が、好き…」
と、続けた…
「…どういうこと?…」
と、マリアが、聞く。
「…いいなさいよ、アムンゼン…」
「…苦労をしているのが、いいんですよ…長年の苦労の末に成功を掴む…だから、いいんです…」
「…どうしてよ…」
「…だって、生まれながらに、美人に生まれ、家も金持ち…そんな人間が、成功しても、別に、誰も憧れませんよ…」
アムンゼンが、呟く…
私は、それを、聞いて、
…そういうことか!…
と、気付いた…
このアムンゼンは、リンに自分を投影しているんだ!…
リンに自分の姿を見ているんだ!
と、気付いた…
このアムンゼンは、生まれながらの金持ち…
サウジアラビアの王族だからだ…
おまけに、王族の中でも、国王に近い存在…
父親が、前国王で、兄が、現国王…
だから、いわゆる、王族の中でも、主流というか…
傍流ではない…
つまりは、ピカピカの血筋の持ち主…
サラブレッドだ…
そして、頭もいい…
頭も切れる…
アラブの至宝と呼ばれるほど、切れる…
しかしながら、小人症…
大人になれない、カラダの持ち主だ…
その優れた血筋と頭脳の真逆の、劣ったカラダの持ち主だ…
だからこそ、他人の痛みがわかるのだろう…
他人の苦しみが、誰よりも、わかるのだろう…
本来、このアムンゼンほどの、血筋と、頭脳の持ち主では、他人の苦しみは、わからない…
いや、
わからないのではなく、実感できないのだ…
なぜなら、自分の血筋と、優れた頭脳の前には、そんな人間は、いないからだ…
だから、余計に、実感できない…
見たことが、ないから、実感が、できない…
想像は、できるが、実感は、できない…
そういうことだ…
が、
アムンゼンは、おそらく、リンの経歴を見て、好きになったのだろう…
リンは、美人だが、苦労人…
三十路を過ぎて、成功した苦労人だからだ…
それが、このアムンゼンが、リンに惹かれる理由かも、しれない…
このアムンゼンは、完璧ではない…
何度も言うが、小人症だからだ…
金も頭もあるのに、カラダがない…
だから、もしかしたら、完璧な肉体を持つ、苦労人のリンに惹かれたのかも、しれない…
なぜなら、リンも完璧では、ないからだ…
当たり前だが、普通に考えれば、金持ちの家に生まれたり、頭が、極端に良いということは、ないだろう…
つまりは、劣った部分がある…
そこに、このアムンゼンが、共感したのかも、しれない…
劣った人間が、成功する…
そのことに、共感したのかも、しれない…
二人は、真逆…
まさに、真逆だ…
リンは、美しい顔とカラダを持っている…
が、
アムンゼンには、子供のカラダしかない…
また、
リンは、おそらく、平凡な家庭や頭脳の持ち主だろう…
片や、アムンゼンは、大金持ちで、おまけに優秀な頭脳の持ち主…
つまりは、リンが、持つものは、アムンゼンになく、アムンゼンが、持つものは、リンにない…
正真正銘の真逆…
まさに、真逆だ…
だから、惹かれるのだろう…
そして、苦労人のリンが、成功した…
それを知って、アムンゼンは、喜んだに違いない…
自分のことのように、喜んだに違いない…
しかしながら、いざ、成功すると、それまでの苦労を忘れ、途端に横柄になる…
自分勝手なわがままな人間になる…
それを、聞いて、落胆したのかも、しれない…
苦労をしたことで、他人の痛みを知る…
それが、わかっているにも、かかわらず、横柄な態度を取る…
それを、聞いて、落胆したのかも、しれない…
なまじ、苦労の末に成功を掴んだのだから、他人にも、優しく接してもらいたい…
そう考えたのかも、しれんかった…
大金持ちの子供に生まれ、頭脳も優秀なアムンゼンだが、子供のカラダしかない…
それゆえ、他人の痛みを知る…
だから、リンも、自分と同じように、他人の痛みが、わかってほしかったのかも、しれない…
私が、そう考えていると、リンが戻って来た…
<続く>
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