彼女の時間はアクアマリン

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 長い黒髪が私の鼻を掠めて通り過ぎた。スラリとした身体、アクアマリンみたいに光る大きな瞳。一瞬、精巧に作られた人形かと思ったけど違う。彼女はちゃんと生きてる人間だった。  見惚れていると「131番」と呼ばれ、自分の番号だと気付く。検査を終えて帰る人々は喜んでたり悲しんでたり様々。  このアルカナ王国では、たまに魔力を持つ者が生まれるらしい。自分では気付けない。従って十五歳になると、国の子供達は魔力があるかどうか適正検査を受けることが義務づけられた。  この会場に来る前、私はママに聞いた。 『ねぇ、ママ、魔力がある子ってどのぐらいいるの?』 『ほとんどいない。だから魔力がある子は貴重で首都の学校で特殊教育を受けるのよ』 『ふーん、良く分からないけど、首都に行くのは嫌だな。ママやパパと離れたくないもの』 『大丈夫、パパもママも魔力がないから、きっとエマにもないわよ』  コンコンッと扉をノック。入室すると、灰色のフードを被ったお婆さんが大きくて丸い水晶玉を持って座っていた。  お婆さんは私を見るなり溜め息を吐く。 「赤毛か。赤毛に魔力は皆無だ」 (なに、このシワクチャ婆さん)  唇をへの字に曲げると、水晶玉が黄金色に光り輝き私を照らす。お婆さんは「おおおーっ」と叫び椅子から立ち上がった。 「こんな田舎町に魔力を秘めた娘がおるなんて驚きじゃ!」  その後、お婆さんは私を丹念に調べこう言った。 「そなたには人の時間を奪える魔力があるようだ」  人の時間?奪う?  という訳で私は泣く泣く両親と離れ、首都の高校に入学することになった。  両親に手を振り迎えのバスに乗車すると、六人の女の子が座っていた。適正検査で『魔力あり』と判定された、自分と同じ年の少女や少年達である。 「あれ?」  私は前から三列目の彼女に目を見張る。適正検査会場で見た黒髪の美少女が座っていたからだ。  彼女も魔力があったんだ。気になったが、彼女の放つオーラが『近寄るな』と言っているように見えたので、私はブロンドのフワフワヘアーの女の子の隣に座った。 「これから宜しく」  私が頭を下げると、彼女は柔和に微笑む。両頬に散りばめられたソバカスが可愛い。 「わたしはベティ、アナタは?」  私は自身の胸に手をあてた。 「私はエマ。ねぇベティ、聞きたいのだけど、このバスに乗ってるのは六人だけ?」 「今のとこ、そうみたいね。滅多に魔力のある子はいないって聞いてたけど、これほど少ないとは思わなかったわ」  バスは暫く走り、首都マーゼに入る。 「うわっ、凄い」  私は高く聳え立つビル街を見上げ驚嘆した。マーゼは都会って聞いてたけど本当だ。村ではあまり見かけない車がたくさん走っている。  バスは黒い鉄の孔子門を潜り、勢いよく水面を叩く噴水をひと回りすると、豪華な建物の前で停車した。周囲は芝生と樹木、緑一色である。  バスから降りるとベティが瞳を輝かせた。 「わたし、本で読んだことがある。この建物はお城よ。きっと王様やお姫様が住んでいるんだわ」 「ここは学校です」  背後から聞こえた低い声。振り返ると、いつの間にやら黒いドレスの老婆が立っている。 「うわっ!」  驚いて退けぞる私。老婆は黒縁メガネのブリッジを上げ「こちらへ」とドレスを翻した。  ベティが耳元でコソッと囁く。 「なんか骸骨みたいで怖そうなお婆さん」 「本当だね」  そんな私達を素通りし、老婆の後に続く黒髪の彼女。  全生徒、四百五十名。この高校は全寮制。寮は四角くて普通。私とベティは同室になった。あの黒髪と一緒じゃなくてホッとする。  後に黒髪だけは別の建物だと説明された。なんでも、優秀な人だけが居住を許される寮があるらしい。 「つまり、わたし達の魔力は雑魚(ざこ)ってわけね」  ケラケラ笑うベティ。黒髪はどんな魔法を使うんだろうか?ちょっとだけ興味がわいた。  入学して分かったのだが、この高校にはスーパーウィザードと呼ばれる生徒達がいて、その中で生徒会メンバーは特に優秀。別寮に住み、全校生徒の憧れの的だった。制服であるローブの色も一般生徒とは違う。  生徒会メンバーはブラック。スーパーウィザードは白、一般はグレーだ。特に生徒会長のアンソニーは女子に大人気。浅黒い肌、黒髪に黒い瞳、ブラックローブ。全身真っ黒なので【黒王子】と呼ばれている。  その黒王子の横に、あの娘がいた。ツンツンした黒髪だ。彼女の名前はレイラ。レイラが通ると男子達が浮き足立つ。 「レイラちゃん可愛い!」 「付き合いたい!」  ったく、顔とスタイルが良いだけでモテモテの彼女。まあ、私だって黒王子のガチファンになっちゃったんだけど。  それを話すとベティは失笑した。 「気持ちは分かるけど、黒王子は無理よ。わたし達、雑魚と違って身分が高いから会話することさえ無理」  この学校は、魔力の違いでクラスも違うし身分わけされている。私とベティは一番下の階級。レイラは明らかに特別扱いされチヤホヤされているお姫様。黒王子の横に陣取り【嫁】と言わんばかり。  今日も黒王子の横を歩くレイラを私は遠くから眺めて爪を噛む。  ああ、私に特別な魔力があったら。人の時間を盗める魔力なんて何の役にも立たない。  ん?でも、待てよ、と思った。レイラの過ぎた時間を盗んだらどうなるのだろう?みんなからチヤホヤされる時間や黒王子との時間。きっと彼女にとっては至福に違いないのだ。  よし!決断した私はデザイン柱の影に潜み、黒王子の横に立つレイラに向かい両手を伸ばす。  『気』を指先に集中。白煙を立ち上げ巨大な砂時計を形成する。それをひっくり返すと白い砂がサラサラと落下を始めた。砂の速度をゆっくりめに調整。ハッキリ言って難しい。が、この砂が全て落ちるまでの時間をレイラから盗むことができるのだ。  今の魔力では一日一回が限度だが、それでもいい。彼女の記憶を自分の時間として体験してやる。  レイラが見ている世界。 (予想通りだ)  そこには、自分に羨望の眼差しを送る男子生徒が群がっていた。  前を歩いているのは黒王子。襟足で踊る毛先、艶のある黒髪がキューティクルで愛しい。  生徒会室に入ると黒王子は吐息した。 「毎日、こんな騒ぎで疲れるだろうが、じきに慣れるから」  副会長や書記も黒髪の男子。しかも皆んな容姿端麗。レイラはイケメンパラダイスの中にいた。  イケメン達は彼女に微笑む。 「さあ、レイラ、一緒に寮に帰ろう」  生徒会の寮は私達、雑魚の寮とは違い豪華絢爛。夕食も見たこともない料理のフルコース。向かい側には小さく切り分けたステーキを咀嚼している黒王子がいる。 「レイラ?」 黒王子がキレ長い両目を彼女に向ける。前髪がサラリと流れた。 「どうした?食欲がないのか?」 「いえ、大丈夫です」 「無理せず何でも話してごらん。僕らは仲間で親友だろ?」 「仲間……親友」 「そう、仲間で親友だ」  仲間、親友。ああ、黒王子の甘い言葉をこんな近くで聞けるなんて夢のよう。レイラ、なんて羨ましいの、そして悔しい。  一年が経過。私は魔力を鍛え、一日に三回、彼女の時間を吸収できるようになっていた。  桜吹雪が舞い踊る。  三年生の黒王子が卒業してしまう。私は慣れた手つきでレイラの時間を盗む。 「レイラ」 黒王子は私に歩み寄り肩に両手を置いた。 「卒業したら、僕の元へおいで。永遠に僕らは一緒だ」  まさかのプロポーズ!レイラのヤツ 「許せない!」  私は拳を壁に叩きつける。 ベッドの上「きゃっ」と小さな悲鳴をあげるベティ。 「急にどうしたの?」 「赤毛じゃなかったら、私がもっと可愛かったら」 「何を言ってるの、エマ。アナタは十分に可愛いわ」 「どこが?」 「長い赤毛だって良く似合ってるし、灰色の瞳も大きくてキュートよ。背は小さいけど、スタイルだって普通で悪くない」  ふんっ、手入れのないボサボサのブロンド、ソバカスのブスに言われてもね。  私は黒王子に愛されたい。レイラになりたいの。  高二、高三、レイラの時間を盗む回数が増えてくたび、想いは大きく深まってゆく。  ある日、男子生徒達の噂話が聞こえた。 「生徒会の書記から聞いたんだけど、レイラ会長、最近、笑顔になることが増えたってさ」 「それ、本当か?俺は彼女の笑顔なんて見たことないぞ」 「それがさ、レイラ会長が書記にこんなことを言ったらしいんだ。『苦しみの時間が少なくなった』って」  苦しみの時間?レイラにそんな時間が存在するわけがない。  人から称賛され、愛され、彼女はどんどん美しくなって幸せに向かってゆく。  卒業式、皆んなに囲まれ、卒業を惜しまれているレイラを眺めながら、私は溢れる涙を拭う。  彼女はこの後、真っ直ぐ黒王子の元へと向かうだろう。そして結婚。最高の未来が待っているはず。  卒業証書を片手にベティがこちらに賭けてくる。 「エマ、探したよ。これから就職説明会があるから会議室にって先生に言われたでしょ?」  就職……か。私達、使えない魔力の者達は、学校の講師か水晶玉を持ち子供達の適性検査員になる。十五歳の時に会った、お婆さんのように。  ではレイラや黒王子や生徒会メンバー。優秀な魔力を持つ者はどこに就職するのだろう?……私には知る由もない。 「ところでさ、ベティはどんな魔法が使えたっけ?」  今更だけど、一応尋ねてみる。 「ええーっ!」とベティは驚愕の表情を見せた。 「三年間も一緒にいて、知らなかったの?何回か話したよね?」  そうだっけ?レイラの時間を盗むことに夢中で忘れてた。 「チェンジ」とベティは言った。 「自分と他人を交換できるのよ」  瞬間、時が止まるかと思った。私は双眸を見開く。 「えっ?それ本当?」 「ホントホント、あんまり役に立たない魔法だけど」 「そっ、そんなことないよ!」  私はベティの両手を掴み上げた。 「ねぇ、お願い!レイラと私を交換して」 「えっ?レイラ会長と?」 「うん!」 「でも、レイラ会長に聞いて承諾して貰わないとできないよ」  一か八か、当たって砕けろだ。私はベティの手を引き人集りを掻き分けてゆく。その中心にレイラがいるからだ。  レイラと話すのは、これが初めて。彼女は、私の願いを聞いた後、人気のない場所に誘う。そして「本気なの?」と聞いた。  これは期待しても良い反応なのか?私は「うんうん」と二回頷く。 ベティが言った。 「注告するけど、一度交換したら二度と戻れないよ。大丈夫?」 「私は大丈夫!レイラは?」  彼女は「うん」と頷く。  まさかの展開。やった、私はレイラになれる。なれるんだ! 「二人とも目を閉じて」の声で暗闇を作る。瞬間、下から吹き上げる突風に髪が逆立ち、瞼の裏に強烈な白色光を感じた。  風が止み、闇が戻る。 「良いよ」の声で怖々と睫毛を上げた。そこには赤毛で灰色の瞳をした私がいたのだ。 「有り難う」 私の姿をしたレイラが頭を下げる。  かっ、感動だ。涙が出るほど嬉しい。だけど先に泣き出したのはレイラの方だった。 「まさか、私と交換したいなんて言ってくれる人がいるとは思わなかった。感激です。有り難う!本当に有り難う!」  無表情で無口。氷のように冷淡なだと思ってた人が、こんなに感情を露わにするなんて。  それにしても、彼女はこの誰からも羨まれる魔力と容姿が泣くほど嫌だったんだろうか?  その答えは、レイラやベティと別れた後、恐怖となり私を貫くことになる。 ◆  半年後  青く強烈な発光体がこちらに向かい放射された。私は素早く身を翻し、間一髪で逃れると両手に赤青色の魔力を溜め一気に放出。  敵兵、一体が炎に包まれ、もがき苦しみ転がりながら息絶える。  まだまだ敵は無数にいてキリがない。  今、この国は隣国と戦争をしている。前線にて戦うのは、互いに魔力が強い優秀者。当たり前のように毎日、仲間達が死んでゆく。  レイラ……アナタから盗む時間、私は間違えたみたい。全てを知ってからアナタの苦悩が痛いほど分かった。  生徒会のメンバーは特別。だって毎日、戦闘訓練を受けていたんだから。  魔法で戦うために。英雄として死ぬために。  偉い人や教育者、優秀者達しか知らない国の極秘任務。何も知らず、無邪気に過ごしていた過去が懐かしい。  結界で守られた国内は安全であり、魔力を持たない者、戦力外の魔力を持つ者達の平穏な日常がある。それを私達は命を賭けて守らねばならない運命。 「ハアハア」  今日も、生きて帰れた。ボロボロの黒いローブに編み上げブーツ。焼けた土が灰と共に踏みしめた靴底に張り付いて重いよ。  傷ついた身体を癒すのは、いつだって愛するアナタの側がいい。 「黒王子……」  私は木の切れ端でできた十字架に両手を回し抱き締める。 『卒業したら僕の元へおいで』  アナタは嘘つき。待っててくれなかった。  私を知らないまま。とうとう一言も交わさず逝ってしまったの。  十字架に背を預け、見渡す景色は終わることのない混沌が広がっていた。焦げた鉄と血の匂いが入り混じり、乾いた風がその臭気を遠くまで運んでゆく。  所々で燃え上がる炎は、敗れた旗や倒れた兵士の近くで揺れ、魂に捧げるレクイエムを奏でていた。  焼け焦げた木々の無残な姿。ひび割れた大地。この世界は地獄絵図である。どこからか断続的に銃声や爆発音が響き、わずかに残る静けささえも切り裂き血飛沫に変えた。  泥にまみれた顔を上げる。黒煙と混じり合い、太陽の光を遮断した灰色の空に再びアナタの声が渡ってゆく。 『永遠に一緒だ』  永遠……死んだら、アナタの元へ逝けるだろうか?だとしたら謝らなきゃいけない。  私はレイラじゃない。雑魚のエマなの。 『ニセモノでごめんなさい』って。  今頃、私は幸せだろうか?  思い馳せる心が疲れて……涙も枯れ果てたよ。    幻の砂時計を思い描いた。命の砂が落ちてゆく。残りは後どのぐらい?    脱力した睫毛が遮断を始めた。私は死ぬほど憧れたアクアマリンに輝く瞳を閉じる。  ああ……人の時間なんて盗まなきゃ良かった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加