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「律儀な人だったんだ」
「好きな人ができたから別れてくれって。その相手と付き合ってるわけでもないのに、言ってきた」
「他の人と付き合うからって別れてくれって言われるほうがいやじゃない?」
「それでもよかった」
「それでもよかった?」
「うん」
「倖さんはそれでいいの?」
「それ?」
「好きな人がいるって言ってる奴とよりを戻したいの?」
「・・・・わからない・・・。
彼ね、私のこと好きだけど、もっと好きな人ができたんだって。
私のこと好きじゃなくなったなら仕方ないって思えるけど・・・好きだから、大事だから別れようって言われたから・・・。
好きなら私のところに戻ってきてくれないかなって期待しちゃうんだよ」
「その男、最低な奴だな」
「え?私じゃなくて?」
「男の方だよ。
自分のこといい人のままにしてんじゃん。
倖さんが次に進めるようにちゃんと別れてあげてない。
そんなやつのこと、いつまでも思ってなくていい。
俺にしときなよ」
「次にすすむかあ・・・」
「ねえ!聞いてた?!俺にしときなさいって。」
背後から抱きしめられた。
「俺、倖さんのこと好きだよ」
「最近まで話したことなかったよね?」
「うん。最近まで営業部の先輩としか見てなかった」
「だよね」
「クリスマスツリーのとこで倖さんを見たとき、倖さんが先輩からただの女の子になった。
それまでいつも笑ってる明るくて面倒見のいい人だった」
「前野君の面倒を見た覚えないけど?」
「俺もない。でも、倖さんが他の後輩に指導してるとこ見てるし、他の営業が倖さんに仕事頼んでるとこも知ってるから」
「つまり接点なかったよね」
「ツリーで声かける前にも座ってる倖さんを見たんだよ」
「?」
体はだきしめられていたから、首だけを後ろに動かした。
前野君の顔を見て話したい。
前野君は少し動いて横に並んだ。
私は表情が見えるように前野君の顔を見つめた。
薄暗くなっていたから、表情までははっきりとは見えなかった。
けれど、前野君も私の方を見て、まっすぐに答えてくれていることだけは分かった。
「倖さんはベンチに座ってツリーを見ててさ。俺は仕事終わりに男友達と飯食いに行って。2時間くらいたったのかな。帰りにツリーの前をまた通ったんだ。何気なく見たら、まだ倖さんがそこに座ってた」
「・・・」
「いつも笑ってる倖さんがじっとそこに座ってツリーを見続けてて」
「・・・」
「びっくりして」
「・・・」
「倖さんに声かけた」
「・・・そう、だったんだ」
「それまで笑ってる倖さんの表面しか見てなかった。
そりゃ、人間だから、悲しいこともあるし、仕事ではそれを見せちゃいけないって分かってるよ。
でも、倖さんが冷たくなるまでじっとツリーを見ている姿に、泣いちゃう姿に、放っておけなくなってた」
「・・・」
「まだ俺のこと好きじゃないかもしれない。でも、俺のこと嫌いじゃないでしょ?」
「う・・・ん・・・まあ」
「こうやって抱きしめても嫌がってないよね?」
「あ」
「元彼より俺の方が好きって言わせてあげる。幸せって思わせてあげる」
「・・・・」
抱きしめられても嫌悪感がないことは事実で、今日の昼間にやっと断捨離をできるくらいにまで落ち着いた恋心があったのに、もう前野くんと付き合うのかと戸惑ってしまったのも事実だった。
もし、このまま前野君を好きになったら・・・。
私はそんなに薄情な人間なのだろうか?
私の彰を好きだった気持ちはそんなものだったのかと、自分自身に嫌悪感をいだいてしまいそうになる。
「先に言っておくけど」
「?」
「俺は倖さんを落とそうとしてるから。倖さんが俺のことを好きになってもおかしなことなんて何もないし、罪悪感とか持たないでね」
「どうして、分かるの!?」
「はあ。やっぱり。倖さんは真面目過ぎ」
「そんなことないけど」
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