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「ごめん。やっぱり別れたばかりで他の人と付き合うとか考えられないよ」
「大丈夫。元彼なんてすぐに忘れさせるから」
「すごい、自信」
「自信なんてないよ。でも、俺は倖さんが好き。
だから倖さんにはいつも幸せだって思って欲しいし、そう思えるように頑張るよ」
「前野君・・・」
「だから、俺にしておきなさい。ね?」
「私、休みの日とかずっと一緒にいたがるタイプだよ」
「むしろ一緒にいたい」
「私、しつこいよ?」
「俺もだから大丈夫」
「寝相、悪いよ」
「うちのベット広いから平気」
「私、5つも年上のアラサーだよ?」
「そんなの気にしない。
平均寿命だって女性の方が上だし。死ぬまで一緒にいられてむしろ嬉しくない?」
「お肌、曲がってきちゃったよ」
「遠回しに化粧水をプレゼントしてくれって言ってる?」
「あははっ。そんなわけないでしょー」
「倖さんは綺麗だよ」
きゅっと抱きしめられた。
「本当に・・・私でいいの?」
「うん。倖さんがいい。倖さんじゃなきゃだめ」
「うーん」
「倖さんが好き。俺と付き合ってください」
「友達からなら、いいよ」
「友達とはぎゅうしないでしょ?」
「確かに」
抱きしめられたまま、ゆらゆらと左右にゆすられる。
「俺と付き合ってください。
大切にするから。友達は嫌だ。彼氏になりたい」
「ふっ。強引ですね」
「必死と言って」
「・・・はい。よろしくお願いします」
前野君の背中に手を置いた。
「嬉しい。嬉しすぎる」
ぎゅうっとさらに抱きしめられた。
「大好きだよ、智花」
「前野君・・・」
彼氏になったばかりの前野君は、私に回していた手を放し、
「まずは『前野君』じゃなくて名前で呼んで欲しいな」
と初めてのお願いをした。
「はる…ひさって呼んで欲しいの?」
「嬉しいッ!名前覚えててくれた!」
「そりゃ資料も作ることあるし、営業の全員の名前くらいは憶えてるわよ」
「それでも嬉しいよ!あ、ハルヒサって言いにくくない?長かったらハルでいいよ。男連中『ハル』って呼んでるし」
「ハル?」
「はい」
「うーん。やっぱり晴久でもいい?」
「もちろんいいよ。でも言いにくいでしょ?」
「ううん。それにみんなと違うほうがよくない?」
男友達とはいえ
「みんなと同じ『ハル』より『ハルヒサ』と呼びたい」
というと、前野君はパッと離れて私の顔を覗き込んだ。
「ま、まえのくん?!」
距離の近さと急な動きに驚いて声が上ずってしまった。
「・・・戻ってる」
「何が?」
「前野君に戻ってる」
笑いながらそっと背中に左手をまわされ、二人の距離が縮まった。
「晴久」
と呼びなおすと、そのまま前野君の胸に頭を軽くあてられ、ぽんぽんと頭を撫でられる。
心地いい・・・・。
夜景を見ながらふと我に返る。
なんか、前野君、女慣れしてるなあ。
今まで気にしてなかったけど、イケメンだ。
見た目も良くて、仕事も出来る上にこの手の速さ。
それなのに浮いた話をこれまで全く聞かなかったのはなぜだ?
そんなことを考えながら上を向き、じーっと見つめる。
すると、前野君の顔が近づいてきた。
「は、はやい!」
と胸を押すと、
「あれ?キスしてほしいのかと思った」
とケロリと言った。
「違う!ゆっくり!」
顔が赤くなるのを感じて、もうっと、回れ右をして背を向けた。
柵に手を当て、眼下に広がる夜景を見渡して呟いた。
「ほんと、きれいね」
「うん。智花に見せたかった」
「連れてきてくれてありがとう」
晴久はその手を柵に触れる私の手の両側に置いた。
背中が晴久の胸に触れている。
息が耳にかかる。
ドキドキしながらじっと夜景を眺めた。
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