1 クリスマスツリー

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昼間の出来事に思いを馳せていたら、突然、肩をポンと叩かれた。 彰!? 優しく肩に手を置く彰を見上げ・・・前野君だ・・・。 私の肩に手を置いているのは、営業部の後輩の前野君だった。 彰では、なかった。 「大丈夫ですか?」 と心配そうに私をのぞき込んでくる。 彰じゃなかった・・・。 当たり前のことだ。 彼女と交際宣言した彰が思い出のツリーになんて来るわけがない。 分かってる。もう終わったって分かってる。 前野君に『大丈夫だよ』って言わなきゃ。心配そうな顔して私を見ている。 『あまりに綺麗でボーっとしちゃってた』って笑わなくちゃ。 「・・・だい」 声を出すと、目の前が滲んだ。 ツリーに飾られた豆電球が、ぼやける。 ヤバい! 泣いてしまう! 慌てて下を向いたが、一度出てきてしまった涙を止めることができなかった。 会いたい・・・彰に会いたい・・・。 もう一度好きだと言って。 触れて。 抱きしめて。 会いたい。 会いたい。 会いたい。 ・・・・彰・・・・。 目の前に前野君がいるのはわかっているけど、彰への想いが次から次へと溢れてくる。止まらない。 「倖さん」 前野君が私の名前をよんだ。 急に目の前が、暗くなった。 頬にふんわりとしたダウンコートの柔らかさが押し付けられる。 背中に大きな掌の感触が伝わる。 もう片方の掌に後頭部を包まれ、温かいと思った。 同時に、前野君に抱き締められていると分かった。 「ま、前野く」 「冷たい。倖さん、めちゃくちゃ冷たいよ。ちょっとごめんね」 謝った前野君は背中から回したいた手を放して、少し私から離れた。 前野君の手は、彼のダウンコートのチャックをさっと下までおろし、私の両手首を掴んだ。そのまま自分の背中に引き寄せ、スーツとコートの間に私の手を引っ張り混んだ。そして、広げられたコートごと、抱き締められた。 一瞬で、私は前野君のコートの中にいる。 前野君のスーツごしに彼の体温が、両手に、頬に伝わる。 大きな掌で背中を擦られる。 「うわあ、冷えまくってるじゃん」 「ちょっ、あのっ、前野君」 動揺する私に 「じっとして!」 「俺、こんなに冷たくなった倖さんを、ほおって帰ることもできないし、隣に座って泣いてるのをみてることもできません。俺、温めますから。大人しくこのまま泣いてください。」 「泣いてくださいって。そこは泣き止んでじゃないの?」 「泣きたいときは泣けばいい。けど、このままじゃ風邪ひくよ」 「フッ。変な人」 「ごく、たまに言われます」 前野君はごしごしと背中を擦ってくる。 「大丈夫だよ、泣いてないから」 「は?めっちゃ泣いてたじゃん」 「いや。もう泣き止んだ」 少しだけ体を離してのぞき込まれる。 「あ。本当だ」 もう一度抱きしめて、背中をごしごしされる。 「あの。泣いてないって分かったよね?」 「はい」 「えっと、離してもらえるかな?」 「もう少ししたら」 「えー」 前野君はずっと背中を擦ってくる。 「暖かいですか?」 「・・・うん」 「ほら、手、しっかり背中に回してください」 「いやいや、冷たいから」 「冷たいから回すんですよ、ほら」 「うー」 「照れない。俺だって恥ずかしいんです。温まるまでだから。ほら」 「ふっ・・・はい」 そっと背中に手を置く。 頬が胸に押し付けられる。 ・・・温かい・・・。 目を閉じると、鼓膜から前野君の心臓の音が聞こえた。 背中に回した掌から熱が伝わる。 閉じた目から再び涙が溢れてくる。 「あったかい・・・」 前野君のご厚意に甘えさせてもらうことにして、そのまま少し泣かせてもらおう。 前野君は私の肩が震えていることに気が付いただろうか? 前野君は何も言わずに、ずっと背中を摩ってくれている。
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