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02話「勉強よりも難しい問題」
悠真がテキストを広げて問題を指差すと、陽翔は頬杖をついたままペンを転がしていた。
「この問題、どこまでできた?」
悠真の問いに、陽翔はわざとらしく首を傾げてみせる。
「んー、なんかすごく難しそうだからパスしてたかも」
「パスするなよ! お前、それじゃ一生解けないぞ」
「だってさぁ。先生って、そういうの全部教えてくれるんじゃないの?」
「……自分で考えるのが勉強なんだよ」
「へいへい。わかりました、先生」
悠真がそう叱ると、陽翔はふざけた調子で敬礼しながらペンを取った。
数分後。
陽翔がテキストを覗き込みながら、一言。
「これ、全然わかんないんだけど」
「ちゃんと読んだのか?」
「もちろん読んだよ。でもほら、さっき説明してくれたけど、先生の説明が下手なんじゃない?」
悠真は額に手をやり、深く息を吐いた。そして、陽翔の隣に腰を下ろし、ペンを取り上げる。
「ここをこう考えるんだ。いいか?」
説明を始める悠真の横で、じっと彼の横顔を見つめていた。
「――こうなるから……って。何だよ、その顔」
「いやー、悠真って先生っぽいなって思ってさ」
「はぁ? 当たり前だろ。今、お前の家庭教師やってんだから」
「わぁーお、自信満々なことで。……でもさぁ、先生って生徒に近づいて教えるの、こういう感じだよね?」
陽翔はニヤリと不敵に笑い、わざと悠真に顔を寄せる。
彼は反射的にその瞬間、ハッと顔を背けた。
「っ、いい加減にしろ!」
「わぁ、悠真の顔がめっちゃ赤くなってるー」
「なるか!」
陽翔が笑い転げる横で、悠真は小さく咳払いをし、テキストで叩く。
「……いいから解け。次に進まないだろ」
「はいはい、了解でーす」
しばらくして、陽翔が問題を解き終えた頃。ふと彼が呟いた。
「悠真ってさ、昔から何でもできるよね」
「……何だよ、いきなり」
「いやぁ、よく考えたら俺と比べてめちゃくちゃ優秀だなって思ってさ」
悠真はペンを置き、じっと陽翔を見た。
「お前ができなさすぎるだけだろ」
「かーもね。けど、わりとガチで俺、悠真みたいになりたい」
その言葉に、悠真は少し驚いた。いつも冗談ばかり言う陽翔が、真剣な目をしていたからだ。
「……お前、急に何言ってんだよ」
「だって、本当のことだし」
陽翔は照れくさそうに笑い、またペンを握った。その横顔に、悠真は何も言えなかった。
勉強を終え、陽翔の家を出た帰り道。夕焼けに染まる空を見ながら、二人は並んで歩いていた。
「ねえ、今日の俺、頑張ったよね?」
「『今日の俺も』には同意できないが……まあ、少しはマシになったかもな」
悠真がそう答えると、陽翔は満足そうに笑みを浮かべた。
「悠真のおかげだよ」
その一言に、悠真は一瞬言葉を失った。それはあたりにも陽翔が真剣な顔で言うがゆえに。
「……変なこと言うなよ」
「変じゃないって。本当のこと」
悠真は軽く咳払いし、話題を変えるように空を見上げた。陽翔はその様子を見て口元を緩める。
「でも、第一志望に受かったら、もっと困らせちゃうかもなー」
「困らせるかもって……何企んでるんだよ」
「さあねー? 悠真先生の反応が楽しみだから、それは秘密」
「はぁ……バカなこと言ってないで真面目に勉強しろよ。……陽翔、要領は悪くないんだから」
「へぇー、普段はツンツンな幼馴染の素直なデレ褒めの破壊力はヤバいな」
「は!? 何、分けわかんないことを……!」
「あははっ、可愛いってことだよ! 俺の年上の幼馴染は、ね」
陽翔が悪戯っぽく笑うと、悠真はその場から逃げるように歩調を速めた。陽翔は何かを企むような表情で彼が自宅に入るまで笑い続けていた。
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