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03話「見え隠れする気持ち」
テキストのページを指差しながら悠真が問いかけた。
「この問題、さっきも解けなかっただろ。もう一回やってみろ」
陽翔はペンを握り直し、じっと問題を見つめる。その表情はいつもの軽い雰囲気とは違い、どこか真剣さが滲んでいた。
しばらくの沈黙の後、陽翔は小さく頷きながら解答をノートに書き込む。
「……ほう、合ってるじゃないか。なんだ、やればできるんだな」
悠真がそう言うと、陽翔は照れくさそうに笑った。
「いやー、先生の教え方が良かったのかもね」
「調子がいいことばっかり言うな。この前は下手だって言ってたろ」
「あははっ、まあまあ」
悠真が呆れたようにため息をつくと、陽翔はペンを回しながらふと問いかけた。
「悠真ってさー、俺に教えるの面倒じゃない?」
「……なんだよ、急に」
「いや、ほら、俺って結構手がかかるじゃん?」
陽翔の軽い言葉に、悠真は一瞬考え込むような表情を見せた。
「確かにお前は手がかかる。でも……お前が少しでも変わるなら、それでいいと思ってる」
「……ふぅん、そっか」
陽翔は目を細め、小さく笑う。
「じゃあ、俺も頑張らないとね」
その言葉に、悠真は小さく頷いた。それ以上、言葉を重ねることはせずに。
勉強が一段落し、陽翔が椅子から立ち上がる。
「ねえ、ちょっと外出ない? 息抜きしたいんだけど」
「どうせコンビニで菓子でも買いたいんだろう」
「へへ、バレた?」
陽翔は悪びれた様子もなく笑う。
「……まあ、少しだけならいいか」
悠真は時計を見ながらと了承する。陽翔は嬉しそうに鞄を手に取り、二人で部屋を出た。
☆ ☆ ☆
夕方の街は柔らかなオレンジ色に染まっていた。二人は並んで歩きながら、他愛ない話をしていたが、ふと陽翔が口を開いた。
「こうやって悠真と一緒に歩くの、なんか楽しいな」
「お前……急に何言ってんだ」
「別に? 本音言っただけだけど」
陽翔は微笑んで言葉を続ける。
「悠真ってさ、俺にとって特別だよ」
「……冗談だろ?」
悠真は表情を引き締めて返すが、陽翔は真顔で首を振った。
「冗談じゃないよ。悠真だから言ってる、本気ってやつで」
その言葉に、悠真は返す言葉を見つけられず、ただ目を逸らした。
「……なんだよ、それ」
「なんでもない。ただの感謝ってやつ?」
陽翔はふわりと笑いながら歩き出す。
帰り道、陽翔が悠真の横を歩きながら言った。
「もし……もし、さ。俺が第一志望の高校に受からなかったら、悠真はどうする?」
「どうするって……そりゃ俺の家庭教師が無駄になるな」
「ひどいなあ。もしかしたら、悠真が教え方下手だったってことになるよ?」
「はぁ? さっきは教え方が良かったって言ってただろ」
軽口を叩く年下の幼馴染に、悠真はわかりやすくも不機嫌を装う。ふと陽翔は立ち止まり、真剣な表情で言った。
「でもさ、もし受からなくても悠真は俺のそばにいてくれるよね?」
「は? そんなの、当たり前だろ」
「っ……!」
悠真が何気なく返すと、陽翔は満足そうに微笑んだ。
「そっか。じゃあ俺、受かっても受からなくても幸せかも」
「何言ってんだよ。俺が教えてやってるんだ、絶対受かるくらい言え」
「えー、急に暴論じゃない? そんなに俺に受かって同じ高校に通ってほしいんだ」
「は? そうは言ってない。自意識過剰もいい加減にしろよ」
「あ、恥ずかしいからって先に行くなよー」
悠真は困惑しながら前を向き足を速める。その背中を追いかけながら、陽翔は小さく笑みを浮かべた。
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