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01話「家庭教師の就任」
藤堂陽翔の部屋に足を踏み入れた瞬間、目に飛び込んできたのは、ゲーム機と漫画が散乱する景色だった。
年下の彼が受験生となり、何となく様子を見に来た高橋悠真はため息をつきながら、片手でドアを閉めては小言を溢す。
「……お前さ、本当に受験生か?」
悠真が鋭く問いかけると、ベッドに寝転がりながらコントローラーを握る陽翔が顔だけをこちらに向ける。
「いやいや、これも集中力を養うトレーニングってやつ?」
「はぁ? そんな言い訳が通じるか。お前、勉強道具どこにあるんだよ?」
悠真は部屋の隅を見渡すが、教科書らしきものは埃をかぶって床に置き去りにされている。
「勉強道具ならそこにあるじゃん。やる気は……まあ、どっかに置いてきたかも」
軽口を叩く陽翔の言葉に、悠真はあまりの酷さに自身の額を押さえた。
「これ以上放置してたら、お前本当にまずいぞ」
悠真が真剣な声を出すと、陽翔はゲームを一旦止めて起き上がる。そして、楽しそうに言った。
「じゃあさ、悠真が俺の家庭教師でもやればいいんじゃない? そしたら俺も勉強するかもね」
「お前な……。そんな軽いノリで勉強できるわけないだろ」
「あははっ、確かにー。小姑みたいな悠真さんがわざわざ俺のために時間なんて割かないよなぁ」
悠真は呆れつつも、少し考え込む仕草を見せた。そして、ふっと真顔になりながら宣言する。
「……わかった。俺が家庭教師してやる」
「えっ、マジで?」
驚きの声を上げる陽翔に、悠真は軽く肩をすくめて答える。
「どうせお前一人じゃ何も進まないんだ。俺が手伝わないと、目も当てられないだろ」
「へぇ。悠真のくせに、優しいじゃん。もしかして俺のこと、めっちゃ心配してる?」
陽翔は笑いながらからかうが、その表情はどこか嬉しそうだった。
「そういうのいいから。ほら、早く座れ。まずはどこまでやったのか確認だ」
悠真は散らかった教科書を手に取り、埃を払いながら言う。陽翔は楽しげに椅子に座り直し、悠真の方をじっと見つめた。
「家庭教師かあ。悠真に教えてもらうとか、なんか変な感じだな」
「うるさい。今さら変なこと言うな。……はぁ、少しはまともになれよ」
「へいへい」
悠真が真剣な顔でテキストを開くと、陽翔は小さく笑った。
「まあ、ほどほどによろしく頼むよ。先生」
☆ ☆ ☆
陽翔の部屋にカチカチとシャーペンの芯を出す音が響く。テキストを広げた悠真が隣に座る陽翔を見やる。
「……で、この問題はどこまで解けたんだ?」
悠真が穏やかな口調で問いかけると陽翔はペンを転がしながら机に頬杖をついた。
「んー、どこって言われても、問題が難しくてさ。そもそも読む気にならないんだよね」
悠真は眉をひそめて、無言で陽翔のテキストを手に取る。そのページは薄っすらと埃をかぶり、問題を解いた形跡すらない。
「読む気にならないんじゃなくて、最初から手をつけてないだけだろうが」
「まあ、確かに自分ではやろうと思わないけど。先生の教え方次第で変化あるかもなー」
「お前、ふざけんなよ。本当に受験大丈夫なのかよ……?」
悠真はテキストを机に叩きつけるように置き、真剣な目で陽翔を睨んだ。
「まあまあ、そんなに怒らないでよ。ほら、俺って集中力ないタイプだし」
陽翔がニヤリと笑い、ふざけた調子で返す。悠真はため息をつき、諦めたようにテキストのページを指差した。
「ここ、まずは問題を読んで手を動かせ。解けるまで俺が見ててやるから」
陽翔は不満げな顔をしながらも、ペンを握る。しかし、解き始めるどころか問題文を眺めたまま一言。
「疲れた。これ、無理だわ」
「まだ何もしてないだろうが!」
悠真の声が響く中、陽翔は笑いをこらえながらペンを置いた。そして、急に顔を上げ真剣な表情を浮かべる。
「……ねえ、悠真」
「なんだよ」
「もし俺が第一志望に受かったらさ、何でも一つだけお願い聞いてくれない?」
その突拍子もない提案に、悠真は思わず目を細めた。
「は? なんだよ、それ。面倒くさいな」
「いや、ほら、やっぱり何かご褒美がないと頑張れないじゃん。ゲームとかでもそうでしょ?」
「はぁ……。どうせ、またくだらないことだろ。まあ、いいけど」
悠真が軽く頷くと、陽翔は口元を緩め、意味深な笑みを浮かべた。
「本当に? 約束だかんな、悠真」
「わかった、わかった。けど、そんな簡単に受かるとは思えないけどな」
悠真が半ば呆れた様子で答えると、陽翔は満足そうに頷いた。
その後、ようやく問題に取り組み始めた陽翔は、意外にも真剣な表情を見せた。
「どうだ、解けそうか?」
悠真が覗き込むと、陽翔は不意に顔を上げてにっこりと笑う。
「悠真が見てるから、頑張れる気がする」
「……お前、それ本気で言ってるのか?」
「もちろん!」
陽翔の言葉に、悠真は一瞬言葉を失った。しかし、すぐに照れ隠しのように眉をひそめる。
「そんな適当なこと言ってないで、手を動かせ、手を」
「へーい」
夜が更け、眠気が次第にやってくる中、陽翔が伸びをしながら口を開く。
「ふぁー。今日はここまでにしようよ。さすがに疲れた」
悠真は時計を見てから小さく頷いた。
「……二十時か。まあ、今日はこれくらいにしておくか。少しは進んだから良しとする」
陽翔は椅子から立ち上がり、満足そうに悠真を見つめる。
「じゃあ、明日もよろしくね、先生」
「お前、それ本気で言ってんのか……」
悠真は呆れた表情を浮かべつつ、陽翔の笑顔にどこか引っかかるものを感じた。しかし、それが何なのか、まだ気づいていない。
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