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まあ、こんなことではないかとは思っていた。
いきなり引っ越し先を調べて訪ねてくる旧友に、まともな奴などいない。
妻も苦い顔をしているだろうと表情をうかがうと、なぜかその視線は、Kの背後の中空を彷徨っていた。
「この投資は本当におすすめなんだ。元本保証で絶対出資者に損はさせない。必ずもうかるんだ。犬なんて何十匹でも飼える」
妻はKの背後のケージから伸びてきた、細い触手のようなものの動向を冷静に見守っているらしい。
「もうこの年だし、お前も子供を作る気はないんだろう? その分を投資にあてれば、5年後には都心にこれくらいの家は持てるぞ。な、悪くない話だろ」
ああ……。Kは禁忌を侵してしまった。
子供のことに触れてはならなかった。
彼女がどれほど子供を欲しがったか。血のにじむ治療を何年も繰り返してきたか。僕でさえ、そこに安易に触れることはできないのに。
穏やかだった妻の表情が、能面のように冷ややかに変化していく。
普段なら「それはやめなさいよ」と、レオに小声で注意するだろうに、もうその気配も感じられない。
――まずいな。
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