ようこそ我が家へ

3/7
前へ
/7ページ
次へ
 まあ、こんなことではないかとは思っていた。  いきなり引っ越し先を調べて訪ねてくる旧友に、まともな奴などいない。  妻も苦い顔をしているだろうと表情をうかがうと、なぜかその視線は、Kの背後の中空を彷徨っていた。 「この投資は本当におすすめなんだ。元本(がんぽん)保証で絶対出資者に損はさせない。必ずもうかるんだ。犬なんて何十匹でも飼える」  妻はKの背後のケージから伸びてきた、細い触手のようなものの動向を冷静に見守っているらしい。 「もうこの年だし、お前も子供を作る気はないんだろう? その分を投資にあてれば、5年後には都心にこれくらいの家は持てるぞ。な、悪くない話だろ」    ああ……。Kは禁忌を侵してしまった。  子供のことに触れてはならなかった。  彼女がどれほど子供を欲しがったか。血のにじむ治療を何年も繰り返してきたか。僕でさえ、そこに安易に触れることはできないのに。  穏やかだった妻の表情が、能面のように冷ややかに変化していく。  普段なら「それはやめなさいよ」と、レオに小声で注意するだろうに、もうその気配も感じられない。  ――まずいな。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加