共に

1/1
前へ
/1ページ
次へ
                 今、何時なんだろう。  森崎由香(もりさきゆか)は自室の暗闇で思う。スマホで確認したいが、両手は2歳になろうとする息子を抱いていて確認することはできない。  息子は泣き疲れて眠っているが、ベビーベッドに戻したとたん、また泣き出しそうだ。  由香はため息をつく。  泣きたいのは私の方。  これで何日夜泣きが続いているのか。  明日も仕事だから、と夫は手伝うことはしない。夜泣きは由香独りで、対応していた。  由香の洗いざらしのボサボサの髪が、今の由香の気持ちを表していた。整うことのけっしてない毎日だった。  時は流れ、息子は4歳になった。 「ありがとうございました」  日の沈むのがすっかり早くなった夕方、仕事の帰り。保育園に息子を迎えにきて、先生とお別れをした。  保育園に通い出したころは、行くのを渋って泣きわめいていたのに、 「今日、あきちゃんたちと、かくれんぼした」  ニコニコ顔で、園でのことを教えてくれるようになった。 「そう。楽しかったんだ」 「うん」  受け答えをしながらも、夜ご飯の段取りを頭の片隅に思いえがきながら、息子を自転車の後ろのチャイルドシートに乗せる。  ふと、隣の自転車に女の子を乗せているママが目に入る。簡単に後ろで一つにまとめた髪型。女の子は息子より小さい子だったが、ものすごく重そうに、自転車の前のチャイルドシートに乗せていた。 「大丈夫ですか?」  息子を乗せた自転車を支えたまま声を掛けると、彼女はぼんやり由香に振り返る。 「あ、大丈夫です。ちょっと寝不足で……」 「お仕事、忙しいんですか?」 「いえ、最近この子が夜泣きをするようになって……」  由香は彼女の娘を見た。2歳ぐらいの子。自分も息子がこのぐらいのとき、夜泣きだった。 「しんどいですよね。息子もこれくらいのとき、夜泣きしてました」 「え、そうなんですか?」 「なんか、まだ寝ることが上手じゃないんですってね」 「そう聞きますよね。上手くなるまで、待つしかないですよね」  由香は頷いた。 「でも、息子のときは昼寝が段々要らなくなってきていたみたいなのに、そんなこと知らないで、しっかり昼寝をさせてしまっていて。それで夜に大泣きしてたみたいで……」 「え、そうなんですか?」  女の子のママは自転車をしっかりとつかんだまま、由香に詰め寄った。 「ええ、私のとこはそうでした。お昼寝のこと、園の先生とご相談されてもいいかもしれませんよ」 「そうします」  女の子のママは、自転車から娘を下ろし、抱っこして園舎にもどっていく。  二人の後ろ姿を見送る。  アドバイスしちゃった。あの頃は、あんなに夜泣きで参っていたのに……  不思議な気持ちで見送っていると、息子が、 「ママ?」  早く帰ろう、と急かしてくる。  由香は息子の顔をマジマジと見た。  子育てしているつもりが、息子に自分が母親へと育ててもらっていたような……  急かしても帰ろうとしない由香に焦れ、足をバタつかせる息子。 「はい、はい。帰りましょう」  自転車を列から出した由香は、力強くこいで家路に向かうのだった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加