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今、何時なんだろう。
森崎由香は自室の暗闇で思う。スマホで確認したいが、両手は2歳になろうとする息子を抱いていて確認することはできない。
息子は泣き疲れて眠っているが、ベビーベッドに戻したとたん、また泣き出しそうだ。
由香はため息をつく。
泣きたいのは私の方。
これで何日夜泣きが続いているのか。
明日も仕事だから、と夫は手伝うことはしない。夜泣きは由香独りで、対応していた。
由香の洗いざらしのボサボサの髪が、今の由香の気持ちを表していた。整うことのけっしてない毎日だった。
時は流れ、息子は4歳になった。
「ありがとうございました」
日の沈むのがすっかり早くなった夕方、仕事の帰り。保育園に息子を迎えにきて、先生とお別れをした。
保育園に通い出したころは、行くのを渋って泣きわめいていたのに、
「今日、あきちゃんたちと、かくれんぼした」
ニコニコ顔で、園でのことを教えてくれるようになった。
「そう。楽しかったんだ」
「うん」
受け答えをしながらも、夜ご飯の段取りを頭の片隅に思いえがきながら、息子を自転車の後ろのチャイルドシートに乗せる。
ふと、隣の自転車に女の子を乗せているママが目に入る。簡単に後ろで一つにまとめた髪型。女の子は息子より小さい子だったが、ものすごく重そうに、自転車の前のチャイルドシートに乗せていた。
「大丈夫ですか?」
息子を乗せた自転車を支えたまま声を掛けると、彼女はぼんやり由香に振り返る。
「あ、大丈夫です。ちょっと寝不足で……」
「お仕事、忙しいんですか?」
「いえ、最近この子が夜泣きをするようになって……」
由香は彼女の娘を見た。2歳ぐらいの子。自分も息子がこのぐらいのとき、夜泣きだった。
「しんどいですよね。息子もこれくらいのとき、夜泣きしてました」
「え、そうなんですか?」
「なんか、まだ寝ることが上手じゃないんですってね」
「そう聞きますよね。上手くなるまで、待つしかないですよね」
由香は頷いた。
「でも、息子のときは昼寝が段々要らなくなってきていたみたいなのに、そんなこと知らないで、しっかり昼寝をさせてしまっていて。それで夜に大泣きしてたみたいで……」
「え、そうなんですか?」
女の子のママは自転車をしっかりとつかんだまま、由香に詰め寄った。
「ええ、私のとこはそうでした。お昼寝のこと、園の先生とご相談されてもいいかもしれませんよ」
「そうします」
女の子のママは、自転車から娘を下ろし、抱っこして園舎にもどっていく。
二人の後ろ姿を見送る。
アドバイスしちゃった。あの頃は、あんなに夜泣きで参っていたのに……
不思議な気持ちで見送っていると、息子が、
「ママ?」
早く帰ろう、と急かしてくる。
由香は息子の顔をマジマジと見た。
子育てしているつもりが、息子に自分が母親へと育ててもらっていたような……
急かしても帰ろうとしない由香に焦れ、足をバタつかせる息子。
「はい、はい。帰りましょう」
自転車を列から出した由香は、力強くこいで家路に向かうのだった。
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