80人が本棚に入れています
本棚に追加
第4話 図書館のいとし子、ルーク・セクストン
誰がみても美しい男ルーク・セクストン。彼がもし自分の美貌を武器にしようと考えるような人間だったら、高位貴族の庇護のもとで指一本動かすことのない生活をするとか、自分の思うままに他人をあやつるとか、そんなこともできたかもしれない。
ところがルーク本人は、自分の外見が他人にそんな効果をおよぼすとは考えたこともなかった。それは彼のやや特殊な出生と、育った環境の影響にちがいない。
ルークは旅先で生まれた。父親は王立大学の教授で、長い休暇旅行から王都に戻ったとき、赤ん坊のルークを荷物と一緒に連れ帰ったのである。
ルークの父は学者としては高く評価されていたが、ときおり突拍子もない行動で周囲を驚かすことがあった。ルークを連れ帰ったときもそうで、母親について人々に聞かれても自分の子だというばかり。
人々はあれこれ噂したが、父は詮索の目などものともしなかった。ルークを育てたときも、乳飲み子のあいだこそ乳母の手を借りたが、そのころもルークのゆりかごは父の書斎におかれていた。
天使のように可愛らしい赤子は難解な学術書を読みあげる父の声を子守歌にして眠った。当時の大学は学生が教授を訪ねて講義を受ける形式だったが、指導学生はルークに「いないいないばあ」をすることが義務づけられていた。
ルークは書き損じの紙や鳥の羽(いずれ羽ペンになるもの)をおもちゃにして育ち、物心ついたころには王立図書館の中庭で遊んでいた。教員の住居は王立図書館と隣あっており、小さな門をくぐれば中庭に入れたのである。
当時の王立図書館の館長と副館長(ラッセルとルークの前任者で、館長はラッセルの大伯父だった)も、赤子のころからルークを知っていた。
天使のような赤ん坊はやがて人の目をみはらせる美少年になった。しかし館長も副館長も教授である父も、学問の成果を出すために必死な学生たちも、ルークの聡明さを心から愛したのと対照的に、容姿に特段の関心を示さなかった。
ルークは大学付属の幼年学校に通い、中等部へ進学した。そのころにはルークの遊び場は王立図書館の中庭から図書館そのものになっていた。
ルークの環境が少々変わったのは、高等部へ進学する目前のことである。父の教授が急死したのだ。真夜中、書斎の書棚にかけられた梯子の上で発作を起こし、転がり落ちて帰らぬ人となった。
学生に愛された教授が亡くなったあとルークの後見人になったのは、王立図書館の副館長である。ルークは高等部の学寮に入ったが、週末は副館長が暮らす図書館職員の官舎で過ごした。
官舎は王立図書館の敷地にあったから、いまやルークは図書館に行くために門をくぐる必要もなくなった。大学では書誌学を専攻し、官吏の試験を優秀な成績で突破して、図書館職員になったあとは副館長の補佐をつとめた。
つまりルーク・セクストンは自他ともに認める「図書館の子」だった。ちなみに職員の一部は、彼をひそかに「図書館のいとし子」と呼んでいる。
そんなルークが第七王子のラッセルに初めて会ったのは――いや、正確にいえば「目撃した」のは、ラッセルが大学へ入学した年の学寮対抗戦の最中だった。
それはラッセルとルークが初めて話した日より、ずっとずっと前のことだ。ラッセルはもちろん、ルークの周囲の人々も思ってもみなかったが、ルークはそのころからひそかにラッセルを気にしていたのである。
最初のコメントを投稿しよう!