突然の事柄

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 ケーキ屋の店員としてかなり板についてきたと、自分でも手ごたえがあった。トングを器用に使って、絶妙な力加減でケーキをつかむことにも慣れた。リボンの結び方も、歪まないように結ぶ方法をひと通りマスターできた。喫茶の場合には、きちんと片腕でトレーを抱えてサーブする習慣もついた。季節は夏休みに入っていた。  夏はあまりケーキが売れない。麻央子は絶対売れない時期だなと自らの身体で感じ取っていた。この暑いのに、どうしてケーキ? 甘いものを食べるのならば、断然アイスクリームやかき氷だ。冷たくて喉ごしのいいものの方が売れるに決まっている。真夏にケーキは、ちょっと暑苦しい。  ケーキがよく売れる時期は、アルバイトは二人がかりで働いていたが、夏の間は一人体制になっていた。他のメンバーとは午後三時にバトンタッチする際に挨拶するだけ。気楽な時間になった。  アルバイトは健以外にも大学生が二人いた。今野小百合(こんのさゆり)井上吾郎(いのうえごろう)だ。小百合は大学三年、吾郎は同い年の二年だった。皆、気のいい仲間だ。  全員を下の名前で呼ぶことにも、麻央子は慣れていった。皆と連絡先の交換もし、メッセージを送り合う仲だ。小百合とはよくシフトが重なったが、吾郎とはあまり会うチャンスはなかった。  ある日の午後、健と交代するときのことだった。勝手口から小さく声をかけられる。 「麻央子、メッセージ送っといたから、見といて」 「あ、うん。お疲れ」  エプロンを外してバッグにしまい、スマホを取り出した。ほんとだ、健くんからなんかきてる。麻央子はすぐに開いてみた。 『お疲れー。毎日暑いよなー。今度二人で涼しいところとか行かね? 暑いし、水族館とかどう? これ、デートのお誘い』  麻央子の心臓はバクっと跳ね上がった。今まで健と二人で出かけたことなど皆無だった。小百合と出かけたことはある。女子同士だし、わりと気が合うので、すっかり親友になっていたのだ。  ところが、突然、健からのお誘い。麻央子はびっくりして戸惑った。
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