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突然の事柄
健と交代して帰ろうとしたとき、健が店主に向かって「れいじさん、青のリボンが……」と声を上げるのを麻央子は聞いた。そうだ、あの店長さんのお名前知らない!
「あっあの!」
厨房に顔を突っ込んで、麻央子は声を上げる。
「ん?」
「あの、えーと、普段はなんとお呼びすればいいんですか?……店長さん、とかですか?」
店主はきょとんとしてしばらく黙っていたが、はっとして笑顔を見せた。
「あーごめん! 僕、自己紹介してなかったね。僕は浜田玲二といいます。店ではみんな玲二さんって呼ぶよ。麻央子ちゃんもそう呼んでくれればいいから」
いつの間にか「藤木さん」から「麻央子ちゃん」になってた……ここではみんな下の名前で呼ぶんだな。
「じゃあ、玲二さん、健くん、お疲れ様でした。また明後日の午後の三時に来ます」
「はい、お疲れ様、今日はゆっくり寝るんだよ」
「健でいいからなー、『くん』いらないぞー」
新しいお客が入ろうとするところで、麻央子は素早く勝手口を出た。いけないいけない、ここで接客始めたら、きりがない。
ロッカールームでエプロンを外し、畳んでバッグに放り込む。帰り支度といってもただエプロンを外すだけだ。
麻央子はロッカールームを出て、忙しく立ち働く玲二と健を横目に眺めながら、とことこと坂道を上がって自宅へと帰ってきた。家の中は空っぽだ。
「あー、今日はお母さん、出かけてるんだっけ。アッコもいないのか」
母は確か、お友達と食事に行くと言っていた。妹の亜希子は今頃、まだ下校中かもしれない。
お昼頃におやつとして、シュークリームとコーヒーを口にしただけで、お腹がぺこぺこだ。冷蔵庫を開いても、ちょうどいい食べ物がない。冷凍庫には冷凍チャーハンや冷凍パスタがあるが、もう夕方の四時近く。あまりたくさん食べると家族との夕食に支障をきたしてしまう。
結局、お菓子置き場からポテトチップの袋を引っ張り出して、麻央子はお昼ごはんの代わりとした。
「こういうときのお昼ごはん、なんか考えなきゃなぁ。別にお菓子でいいけど」
ひとりごとをぶつぶつ言いながら、バリバリとポテチを平らげていった。ケーキ屋さんは意外と、お昼休みが取りづらいことを知った。
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