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   チューリップ、スイセン、ヒヤシンス、クロッカス――。  秋植え球根はいろいろあるが、植え付け方は球根によって多少違う  とりあえず、少し大きめのチューリップの球根として育てることにした。  深めの鉢にたっぷり土を入れて、球根が土に隠れる程度に浅く植えた。  花芽を育てるには、寒気に当てる必要がある。  晩秋の今は、ちょうど植え時だった。  ベランダの良く日が当たる場所に鉢を置き、可愛い如雨露を横に並べた。  あとは、土の乾き具合を見ながら水やりをする。  見た目に大きな変化はなくても、地中には根が広がっていることを忘れてはいけない。  わたしは、毎朝ベランダに出て鉢の土に触れ、乾いていれば水をやり、そうでない日は「猿蟹合戦」のカニのように、「早く芽を出せチューリップ」と声をかけた。  そして、年が明けてまもなく、鉢の土の表面が盛り上がり、わたしの球根は芽を出した。  * 「姉さん、すごいね! ちゃんと芽が出たじゃないか!」 「大きくてしっかりした芽だわ! 立派な花が咲きそうですね!」  手作りのタルトタタンを持って訪ねてきた弟夫婦は、挨拶をするやいなやベランダへ出て、わたしと芽を出したばかりの球根をほめ称えた。 「球根は上下さえ間違えずに植えれば、ちゃんと芽を出すものらしいわ。子どもだってできることをわざわざほめないでよ。何だか恥ずかしいじゃない!」  さすがに言い過ぎだったと思ったのか、二人は顔を見合わせ、照れ笑いを浮かべた。  わたしも笑いながら、タルトタタンを持ってキッチンへ向かった。  美味しそうなタルトタタン――。  洋菓子店でパティシェとして働く義妹が、最も得意とするお菓子だ。  ホテルでシェフを務める弟と彼女は、いつか自分たちのレストランを開きたいという夢を持っている。  夢があるから苦しいことも乗り越えられる、と二人はよく言っている。  わたしも、新たな夢を持とう!  チューリップの花を咲かせることは、その第一歩だ。  *  立春を過ぎ少しずつ春めいてくると、球根の芽は元気に葉を伸ばし始めた。  やがて、葉をかき分けるようにして蕾が顔をのぞかせた。  嬉しかったので写真を撮り弟に送ったが、「立派すぎる蕾! 巨大な花が咲くかもね!」という返信があった。  チューリップとは思えない大きな蕾をつけた太めの花茎は、ときおり吹く北風にも負けずにすくすくと延び続けた。蕾は少しずつ赤色に染まり、開花のときを待っていた。    やがて南の地方から、桜の開花が伝えられるようになったある朝、とうとうわたしのチューリップは花開いた――。  大きな赤いチューリップ――。最近人気がある八重咲きの花だった。  まるで薔薇の花のように、花びらが重なり合っていた。  そして、その中央には――。
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