7人が本棚に入れています
本棚に追加
③
真っ赤な花びらの中央には、小さな生きものが寝ていた――。
親指ぐらいの大きさで、ハムスターの赤ちゃんみたいな感じだった。
でも、その生きものは全体が淡いオレンジ色をしていて、毛は頭のところにしか生えていなかった。
昔はやった「ご当地○―ピー人形」を裸にしたものに似ていた。
それは、ちゃんと生きていて、花びらの中でもそもそと動いた。
そのうち、とてもとても小さな声で泣き始めた。人間の赤ん坊のような泣き方だった。
すると、花びらをかき分けるようにして、ストローみたいな細い茎が伸びてきた。
茎は、その先端を生きものの小さな口に差し入れた。
生きものは、泣くのをやめ懸命に茎の先端を吸い始めた。
わたしは、目の前で繰り広げられる奇怪な育児に目を奪われていた。
本当は、驚きの声を上げたり、スマホで撮影したり、誰かに知らせたりするべきだったのかも知れない。
でも、超ミニサイズの赤ちゃんを驚かせたくなかったし、茎の端をしゃぶるこの子の幸せそうな顔をもっと見ていたかった。
だって、わたしが育てたチューリップから生まれたこの子は、わたしの赤ちゃんのように思えたから――。
そして、チューリップと同じように、今度はこの子を立派に育てたいと強く願ってしまい始めていたから――。
自分の子どもを育てたことはなかったけれど、弟や弟の子どもたちの世話をした経験はある。ネット上にも、育児に関する様々な情報が溢れている。きっと何とかなる――。
わたしは、花が咲いた喜びに浸ることも忘れて、花びらに包まれてすやすやと眠っている赤ちゃんの名前を考えていた。
花から生まれた小さな赤ちゃん。でも、「親指姫」とは名付けられなかった。
だって、その子は男の子だったから――。
最初のコメントを投稿しよう!