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④
「すっごく大きな花だね、びっくりしたよ! でも、なんで夕方になって連絡してきたの? チューリップの花、閉じちゃってるじゃない」
「わざわざ来てもらうのは、申し訳なくて――。仕事に行く途中で寄ってくれればいいと思ったのよ。つぼんでいても、花の大きさはわかるでしょう?」
「うん。深紅の八重咲きか――。チューリップとしては、なかなか豪華だね」
伸次郎は、チューリップの写真を撮ると、「次は、開いているときに来るよ」と言って仕事へ向かった。わたしは、ほっとしながら見送った。
チューリップの花は、温度によって開閉する性質がある。
夕方気温が下がり、花が閉じると「親指ちゃん」は必ず眠ってしまうので、そういう時間帯に伸次郎が訪ねてくるように仕向けたのだ。
伸次郎は、「親指ちゃん」の存在に気づくことなく帰って行った。
花は、あと数日で散るはずだ。開いている花を伸次郎が見ることはない。
「親指ちゃん」を寝かせるミニチュアのベッドは、すでに購入してある。
わたしは、カフェの手伝いをしばらく休み、「親指ちゃん」の育児に専念することにした。
三日後、チューリップの花びらが落ち始め、わたしは、「親指ちゃん」をベッドに移すことにした。
*
おちょこに湯を張って入浴させたり、スポイトを使って授乳したり、包帯を縫って肌着を作ったりと、手探りで親指ちゃんの育児を続けていたが、わたしの毎日は充実していた。
何より助かったのは、親指ちゃんは小さいがとても健康だったことだ。
誕生当初に、花からもらっていた蜜の効果なのか、病気に罹ったり体調を崩したりすることはなかった。
親指ちゃんは、十二分の一ぐらいの大きさだったが、成長速度は十二倍だった。
誕生から半月後には離乳食を食べ始め、ひと月後には歩けるようになった。
親指ちゃんを一人にしてはおけないので、わたしはカフェの手伝いは辞めて、以前やっていたデザインの仕事を在宅で行うことにした。
仕事が忙しいからと言って、家族からの旅行の誘いは断った。さすがに家を訪ねてくるなとは言えなかったので、親指ちゃんを隠して適当にあしらっていた。
さらにふた月たち、わたしは、親指ちゃんに言葉を教え、絵本を読み聞かせるようになった。
小さな人形用の服を着せて、かご型のバッグに入れ外へも連れ出した。
やがて、親指ちゃんは、ミニチュアの食器でわたしと一緒に食事をするようになった。
親指ちゃんは元気だが聞き分けのいい子だったので、特に面倒なことは起こらなかった。わたしは、ものすごい勢いで成長する親指ちゃんを懸命に育てた。
気づけば親指ちゃんは、わたしの中指ぐらいの大きさになっていた――。
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