息子まにまに

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ーーーーーーーー息子の様子が変である。  ある日を境に、時々家の中に居るはずなのに返事がない。特に食事が苦手という訳でもなく、呼べばすぐにやって来るはずであったが、最近は来りこなかったりである。  何度か探しつは見たものの、向こうからやって来るまで見つけられないでいた。まだ外に一人で遊びに行った事もない為、家から出て遊んでいるとも考えにくかった。 「さて、かくれんぼが上手くなったもんだわ」  独り言のようにそう呟くと、さして広くないはずの一軒家を息子がかろうじて隠れられそうな、狭くて暗い場所を探していく。  お昼の美味しそうな香りのする居間を抜けると、ワックスの効いた廊下に出る。異常はなかったが、遊びかけのブロックが時折落ちている為、気をつけて進む。  今日はなかったが踏めば大惨事である。以前、踏んで悶絶している所を息子に見られた時は、何でこんなに小さなプラスチックがこんな凶器に変わるのかと怒りを覚えたほどである。  廊下を抜けると一番居るであろう子ども部屋に向かう。廊下を抜け階段を登ると、正面に寝室があったがさらに進み突き当たりにある部屋が目的地である。  少し、ひんやりした廊下から扉を開けると、カラフルなジョイントマットの敷かれた部屋が広がる。ブロックは片付けると言うより端に寄せられ、遊んだ形跡を残していた。 「まぁ、持ち歩かなかっただけ成長か」  妥協してそう呟くと、小さな滑り台と子供用の電動バイクのさらに奥にある押入れをそっと開けてみる。  やはりと言うか何というか、布団が押し込まれそれを引っ張り出すと、布団の隙間から玩具が飛び出して来た。片付けのワイルドな息子である。  押入れも隅から隅まで見渡したが、息子はそこには居なかった。第一候補が無いとすれば、あとはしらみ潰しに探す他ないのである。  寝室を探して居なかった為、再び一階に戻り、お風呂、トイレ、キッチンも探したが見当たらないどころか痕跡も無かった為、玄関にやって来た。 「まさかね。でも一応」  日光の入る玄関は日中はやたらと眩しい位に明かりが入る。目を細めながらも下駄箱や靴の数を数えても全てある為、外に出ていないことは確認できた。 「さて、いよいよ探す場所がないな」  無いと言うより知らない。子どもは時として意外な場所に隠れ家を作るものである。以前キッチンの棚の物が全て出されており、何事かと中を開けると懐中電灯で灯りをつけて秘密基地を建設していた事もあった。  そこで、過去にそういった出来事のある場所の再確認しながら再び家の中を回る。が、やはり見つからず押入れ奥の天井裏も覗いてみたが、開けた形跡すら無かった。 「まさか、落ちた!」  二階の窓を慌てて開ける。もしや窓から落ちたのではと思い立ち下を見たが、どの窓も鍵が掛かっていたので落ちたとは考えにくい。  しかし一応心配だった為、窓から落ちてしまいそうな柵の無い窓を開けて確認していたその時であった。  一瞬。息子の声が聞こえた気がした為、耳を澄まして固まっているとやはり息子の話しかけるような声が聞こえて来た。 「あ、ベランダ」  うちには屋根の上にベランダが設置されていた。それは後から設置したようで、隙間の多い簡易的な作りの畳三畳ほどの物干場となっていた。  鍵は掛かっていた。が、何故かベランダに出ると息子はベランダの日当たりの良い場所でジッと何かに語りかけていた。  ゆっくりと近づいてそれを確認する。息子が語りかけていたのは卵であった。見覚えのある卵はどうみてもスーパーで買った卵で、恐らく冷蔵庫から持ち出した玉子だと分かった。 「何してるの?」 「ひよこ飼いたいんだけど」  なるほど。どうやら息子は玉子を孵したいらしい。が、悲しいかなそれは無精卵。故に温めて居たのであろう玉子はただ腐るだけである。  息子と暫く玉子を眺める。どうするか考えるには充分な時間があった為、とりあえずどうやってベランダに入ったか聞くと、子ども部屋にら換気用に小さな窓がついており、そこから這う様に外に出るとベランダの隣から出れたらしい。  まさかの抜け穴に驚きつつ、とりあえずご飯を食べさせる為に下に降りるように言うと、玉子を大事そうに抱えたまま降りて来た。 「玉子、早く生まれると良いね」 「うん!ひよこ楽しみ〜」  息子は飽きっぽい性格なので、忘れた頃に玉子を回収しようと考えた。案の定、二日後には友達と遊んで帰って来た頃には忘れて居た為、玉子は無事回収することが出来た。  しかし、突然思い出すのもまた子どもである。そこも抜かりなくパートナーと相談して、タマゴから生まれる喋る玩具を買って、すり替えておいたのである。  始めは玉子が大きくなったと騒いでいたが、思い出した様に温めていた。今の玩具は馬鹿に出来ない、ちゃんとタマゴを温めると中の玩具が内側から殻を破るのには大人でも感心する程である。  優しい息子に育ってくれた喜びを噛み締めつつ、次の日にはまた私自身もそんな感動はリセットされる。 「いでっ!またブロックがこんな所に成長しないわね!」  毎日、何が起こるか分からない。早く片付けの出来る息子に育って欲しいと切に願いながら今日も過ぎてゆく。
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