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第1章
彦次郎は、初めて“写楽”なる画家が描いた絵を見た時度肝を抜かれた。
本所深川の表通りにある大店薬種問屋『丸珠屋』の次男坊である彦次郎は、商いをするよりも絵を描いたり連歌を嗜むのが好きな文化人で、暇を見つけては、吉原に通い遊女を描いたり、版元に顔を出しては、新作の洒落本や浮世絵を買い求めていた。
この日も、何か目新しい絵が置いてないかと立ち寄った蔦屋で、写楽の絵と出会ったのである。
何気なく手にしたはずの1枚は、目にした瞬間背筋に戦慄が走り、通りから聞こえる雑踏も、店の軒先に吊られた風鈴の涼しげな音も、かき消えていった。
「あ、あの…。この絵は、どなた様の御筆でございましょう…。」
彦次郎は、震える手で市川蝦蔵の、大首絵を店主の蔦屋重三郎に見せた。
「あー、それは写楽という新手の絵師のものですよ。どうです?素晴らしいでしょう。」
重三郎の言葉に彦次郎は、何度も大きく頷く。
「あ、あの。写楽の絵はあと何枚お有りですか?」
彦次郎は財布の紐を緩めながら、重三郎にそう問いかける。
「写楽の絵でしたら、こちらにも何枚か…。」
重三郎はそう言って、他の役者絵を何枚か見せる。
「そ、その絵は全部で、お、おいくらになりますか?」
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