第1章

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「兄さん、助かったよ。きっとあのままだと、明日の朝までお小言(こごと)が続いていたかもしれない。」 彦次郎は、情けない声で長一郎に愚痴をこぼす。長一郎は、ハハハと笑い、彦次郎が買ってきた浮世絵を手にとって見る。 「これはまた、随分と大胆な構図だね。」 「お!兄さんにもこの良さが分かりますか?そうなんです。この役者絵、これまでの浮世絵と違って役者を美化していないんです。むしろ、顔の特徴を誇張して描いている。しかもですよ。」 彦次郎の言葉に熱が帯びてきたのを察知した長一郎は、言葉を遮る。 「分かった、分かった。その話はまた今度じっくり聞くから。私はまた直ぐに店の方に戻らねば」 長一郎はそう言って、そそくさと店へと戻っていった。 写楽の絵に取り憑かれた彦次郎は、浮世絵を買うために、せっせと小遣い稼ぎをしては、足繁く蔦屋に通った。彦次郎の部屋は、あっという間に写楽の絵で埋め尽くされていつまたが、小遣い稼ぎの為の店の手伝いが功を奏したようで、源左衛門は彦次郎が家業に目覚めてくれたと思い、お小遣いまで弾んでくれた。 日中は家の手伝いをしては、お小遣いを貯め、それを握りしめて、写楽の絵を買う。そして、夜になれば一人、部屋で写楽の絵を穴が空くほど眺めていた。
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