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第11話 伊集院光助
伊集院光助との別れ話について、蘭もタイミングを見計らっていたところ、一度のセックスで味をしめたのか、光助からのチャットや電話の連絡の頻度が増えて来た。
当初は、出来るだけ時間をかけて別れ話を持ちかけるつもりだったが、「なぜチャットに返信をくれないんですか」と来たので、蘭としては予定を切り上げる事を考えた。
もちろん朝日奈部長には経過報告をし、許可をもらってある。
そしてちょうど光助との最悪のセックスをしてから2週間後になる今日の20時。
豪華な料理を食べても意味が無く、料理に失礼と蘭は考え、高級レストランよりはるかに脱出しやすいファミレスで光助と対峙している。注文はドリンクバーだけにした。
伊集院光助は本日は休みらしく、ブランドもののシャツを着ており、なぜこの場所を選んだのか分からない様子で、じっと蘭を見ている。
「あまりに連絡がつかないので、心配しましたよ。きっと忙しいのかなと思いました。こういうファミレスはあまり来たことは無いですけど、たまにはこういう場所も良いですね」
光助はにっこりと笑って言った。目が笑っていないのが見て分かるだけ、自動人形の様に見えて蘭は不気味だった。
光助は髪は整髪料で固めており、見た目は二枚目ではある。
しかし蘭から見ると、これは整形をしたのではないかと思える箇所がいくつかあった。
二重まぶたにしてあるのと、もしかしたら眉は入れ墨にしてあるかもしれない。その他にも手を入れたと思われる箇所がある。
(この男のメッキにお似合いだわ)
内心、反吐が出ていたが、ここでは不用意に挑発して恨みを買うのは蘭としては避けたかった。
一呼吸おいて、蘭は口を開いた。
「伊集院先生。いつもお世話になってます。先日も素敵な夜の時間をありがとうございました」
心にも思っていないことを言うのはなかなか疲れるなと蘭は感じた。
「いえいえ、しかし今日は急に呼ばれたので驚きましたよ。何があったのですか?」
光助の言葉遣いは丁寧であるが、やはり目が笑っていない。そうだ、これが感じていた違和感のひとつだったと蘭は思い出した。
「実は大変申し訳ないのですが、好きな人が出来たんです」
蘭は低い声で、重々しく話した。
隣の席にいる家族連れの子どもが何か騒いでいるのが、まるで遠くの世界の事の様に蘭は感じた。
大学生と思われるカップルが、二つ離れた席で仲良く談笑している。そういう人達とは全く違う、冷たい闘いの始まりだと、蘭は呼吸を深くした。
「は?」
光助の口の形が笑顔から疑問に変わる。自動人形の様な無表情な顔つきに変わった。
「それで、大変申し訳ないのですが交際を終了とさせて頂きます。短い期間でしたが、ありがとうございました」
相手に有無を言わせない形で、蘭は言い切った。
そして光助の様子を観察する。光助は無表情だった。
蘭は集中して表情を観察すると、光助の目がおかしいことに気が付いた。
奇妙な熱量を帯びている。それと同時に薄気味の悪い冷酷さを帯びているのを、蘭は感じた。
「……そうですか。考えを変える気はないのですね?」
光助は尋ねる。
しかし蘭からすると、無理に敬語を使っているのを感じた。
ここがファミレスでなくて、密室だったら。車の中だったら、まるで違う顔を見せてくるだろう。
あの最悪のセックスの時の様に。
そう考えると、背中にまた悪寒が走った。
「はい。それでは私はこれで失礼します。短い期間でしたが、ありがとうございました」
すっくと蘭は立ち上がって、そこを立ち去った。
仕事のことを口にしなかったのは、逆にそれを弱みとして捉えられると困るので、あえて黙ってそこを立ち去った。
黙っている光助はそれはそれで蘭としては不気味だったが、さすがにファミレスの中で大声を出すわけにもいかなかったらしく、光助は座ったままだった。
(あの目の熱と冷酷さ……女に振られたというよりも、女が自由意志を持つのが気に入らないのか?)蘭は思案しつつも、後ろを警戒しながら早々にファミレスを立ち去ったが、背中から刺してくるような視線が気になった。
光助は攻撃性と冷酷さを持った目で蘭の後ろ姿を見ながら、スマホで電話をかけていた。
「俺だ。今から車で行くから準備して待っていろ。今夜はお前と過ごす」
相手の女性に有無を言わせない様な口ぶりで電話を終える。
「女が考えるだと? どこまでそれが持つかな」
光助は残忍かつ冷酷な笑みを浮かべていた。
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