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第12話 ある夜の出来事
事が終わり、あの人が帰ったあと、私は改めてベッドの周りを見てみた。
引き裂かれた私のブラウス、はぎ取られて捨ててある下着。乱暴に脱がされて散らかっている上着と私のスカート。
テレビ画面にはストリーミングのAVが再生されている。いつもAVを観ながら性行為をするのがあの人の趣味だった。
AVでは女優が、私がされた様なことをされながら、嬉しそうな声を上げていた。どうしたらあんな風に感じられるんだろう。
私はいつも通りにベッドの上でに座りながら、呆然としながらそれらを眺めていた。
あの人は私の身体を、自分の好きなように扱って、自分の性欲を処理する。
あの人が満足するまで。
セックスが気持ちの良いものだと、女性向けの官能漫画には描いてある。
でもそれこそ絵空事だと思う。作者が悪いんじゃない。絵空事でも書かないと売れないから。ファンタジーが無いと女性は息抜きが出来ないから。
男性は自分の快楽を求めて、射精する事を求めて、そのために女性の身体を使う。
あの人がまさにそれであり、私が過去に関係をもった男性も、皆そうだった。
少しは気持ち良いと感じたセックスもあった。でもそれは本当に少なかったと思う。
「私がおかしいんじゃない。普通のことだよね」
「これで良いんでしょ? 父さん。女の幸せは男に必要とされて、それに尽くすことだよね」
幼い事から自分に性加害して来た父親なのに、その父親が言っていた言葉だけは、妙に私の頭に残っていた。
何であれ自分を必要としてくれる人がいるのは幸せなことだと。
女は黙って男のいう事を聞けと。それが女の幸せだと。
だけども……それならこの虚無感と喪失感は一体なんなのだろう。自分の大事なものが削られたような感覚は何なのだろう。この体の痛みはなんなのだろう。
あの人はいつも私とセックスをする時に道具を使う。
はっきり言ってそれも痛いのに、やめてほしいと言ったら、酷く殴られたことがあってから、私は逆らうことは辞めた。
多分、私だけじゃない。多くの女性の人生がこうなんだ。
「だからこれは普通のことだよ」
私は繰り返して、自分に言い聞かせるように言った。
私はシャワーを浴びた。セックス中に叩かれた跡や、乱暴に扱われた性器にお湯が沁みて、痛みが残った。
(本当に……このままで良いのかな……)
私は普通だと思う。でも幸せなのかと聞かれたら、どうなのかは分からなかった。
シャワーを浴び終わって、部屋に戻り片づけをしているとスマホに着信があるのに気付いた。
マッチングアプリからの通知だった。
男なんて誰も同じ。それは変わらないと思う。
だけども本当にそれで良いのか迷いもあって登録したアプリだった。
だいたい来るチャットは、体目当てのものが多かった。
私はそれでも良かった。実際にそれで出会ってセックスした男も多い。全員下手で痛くて、それっきりだったけど。
今日来たチャットは、「タカちゃん」からだった。
「タカちゃん」はそんな男達とは変わっていて、むしろセックス絡みの話は全くない男性だった。
個人情報を聞こうともせずに、私が「仕事で疲れた」と書けば、「本当にお疲れ様」というコミュニケーションが出来る人だった。
私が今までにあった男とは違う、温かみがある人だった。チャットだけの関係なのに、不思議だけど私はそれを感じた。
「タカちゃん」からのチャットをもらうと、私はいつも嬉しかった。疲れている時には励ましになったし、傷ついた時には共感してくれた。
タカちゃんに会ってみたい。私が単に男性の身体を求めたいのか、それとも彼の温かさに直に触れたいのか。
「今度会える?」私は思い切ってチャットを送ってみた。
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