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第15話 孤立死事件2
「2人で対応してくれてありがとう。ブルーハイツで孤立死と聞いたけど、大丈夫?」蘭の声から、心配している気持ちを隆司は感じた。
「はい。病死ですね。貸主様や警察、その他関係者への連絡は済ませました。大丈夫です」と隆司は答える。
「了解。それでは2人とも事務所に戻りなさい」と蘭は話した。
「スーツに死臭がしみ込んでますけど、良いんですか?」と隆司は答える。
「だから尚更よ。消臭剤もこちらはあるし、クリーニングも必要でしょう?」と蘭は答えた。
蘭の言葉に従い、隆司と鈴木は事務所に帰る事にした。
隆司が鈴木を連れて来たのは、こういうことは実地で体験しておいた方が良いと判断したからで.ある。
鈴木自身はショックで呆然としており、必要な電話以外は黙っていた。
しばらくして、営業車が事務所に到着した。
二人に蘭はねぎらいの言葉をかけて、消臭剤を振りまいた。確かに腐ったチーズの様な臭いがしみ込んでいた。
消臭剤を掛けても、気休めにしかならないので、スーツのクリーニング代を2人に蘭は渡した。
お礼を言って、2人がそれを受け取ったあと「孤立死の現場はとても勉強になりました。これからの業務に生かしたいと思います。ありがとうございます」と言い、鈴木は先に帰った。
隆司は孤立死事件の報告のために残った。
「以前に、竜崎課長と一緒に孤立死事件に対応出来た経験を生かせましたよ」
隆司は疲労が残っていたが、どこか誇らしげだった。かつて管理物件で孤立死事件が起こった時に、蘭と隆司が対応したのだ。
それは蘭にとっても大変な経験であり、隆司の協力がありがたかったことを思い出させた。
その反省により、今は青空エステートは孤立死対策用の安否確認サービスを管理物件すべてに導入している。今回は管理物件ではないブルーハイツだからこそ起こってしまった事件だった。
「大変な現場をありがとうね。これでブルーハイツも管理をウチに任せてくれるかも知れないし、良い仕事が出来たと思う。一条君本当にお疲れ様」
蘭は本心からのねぎらいの言葉をかけた。
「竜崎課長、ありがとうございます。しかしもしかしたら亡くなった方も、発見が早かったら生きていたかも知れない。そう考えるとやりきれないですね」
隆司は寂し気に答えた。
蘭はその時にふと感じた。
一条隆司は蘭にとっては、後輩であり部下に過ぎなかった。それも最初は不器用な後輩だった。蘭も最初は教えるのに手を焼いた記憶が残っている。でも隆司は腐らずに蘭の指導を聞いて覚えて、こうして的確に動ける頼りになる後輩となった。
優しく、お客様からも好かれ、後輩の面倒見も良い。蘭に対しても尊敬しているのが自然に伝わってくる。
(一条君って、もしかしたら、すごく真面目で可愛い男性なのかも知れない……)
光助の事が一区切りついたからなのだろうか。
蘭の意識に隆司が入り込んで来た瞬間だった。
蘭は本田が『オーラ・セックス』の指導をしている時に教えてくれたことを思い出した。
「『オーラ・セックス』を習得するということは、オーラを通して、他人の隠れた美点、見えなかった魅力、そういうところにも気付く力を得ることにもなるんですよ」
(見えなかった魅力……)
本田の言葉を思い出しながら、蘭は隆司の顔をまじまじと見つめた。
やはり以前に見えなかった、男性らしさ、可愛らしさ、愛らしさがそこにはあった。
(どうして今まで気付かなかったのだろう……)蘭は隆司の魅力に気付き、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。気恥ずかしさと喜びに、蘭は新しい何かを感じていた。
一方、場所は変わりここは名古屋カウンセリングセンターである。
時刻は19時となり、所長を務める堀田洋子と朝日奈部長が応接室にいる。
堀田洋子は50歳の女性であるが、活力があり、年齢的に40代半ばの様に見える。趣味はキックボクシングで、体格も筋肉質で引き締まっていた。
クライアントである患者の体験を聞くには体力が要るというのが、キックボクシングをやる理由らしいと、朝日奈部長は聞いたことがあった。
朝日奈部長は、青空エステートの部課長会議が終わった後で名古屋カウンセリングセンターに駆け付けた。
堀田洋子所長は、朝日奈部長の来訪に合わせて資料を用意してくれており、それを対面している朝日奈部長に差し出す。
「これは……」朝日奈部長の顔に影がさし、ぞくりとするものが朝日奈部長の背中を覆った。
「このような可能性が高いのです。ですので尚更、慎重にされた方が良いでしょう」
堀田洋子所長は、声を潜めて朝日奈部長に警告をした。
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