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第2話 いないんだよ
蘭は浴室から出て、体を拭き、バスローブを身に着けた。
そのまま冷蔵庫から、トマトジュースとビールを取り出し、レッドアイを作って飲む。
レッドアイは蘭の好きなカクテルの1つである。
トマトジュースの酸味と、ビールの喉ごしが蘭のお気に入りだった。
飲みながら蘭はデスクに座り、紙とペンを取り出し、自分の現状を書きだした。
蘭が仕事でもやっている方法でもある。
・光助とは別れる。もうあんなセックスに付き合うぐらいなら死んだ方が良い。
・光助はウチの会社の顧客でもある→状況報告は朝比奈部長に明日報告したほうが良い。
・光助の性格から考えられる行動パターンは?
・私はこれからどうやって生きていく?
・私にとってのセックスの価値って?
蘭はとめどもなく書いていく。まずは考えている事を書きだすことが大事であり、何が課題なのか何が解決に役立つのかは、それから考えていくことである。
これは蘭が朝比奈部長から教えてもらった思考法だった。
(それにしても……)
蘭は、自分が光助と付き合った事を公表した1ヶ月前の4月。ずいぶんと周りの女性社員から羨ましがられたことを思い出した。
伊集院光助。スマイル精神病院の若手院長であり、36歳の美形で賃貸物件6棟のアパートを持ち、蘭の会社に管理を委託している。
蘭の勤める会社は青空エステートという不動産会社であり、蘭の仕事は賃貸営業を行う、アドバイザー2課の課長である。
光助との出会いは仕事を通じてであり、交際を申し込んだのは光助からだった。
伊集院光助は、女性の心のトラウマ治療などにも詳しく、患者にも信頼され、笑顔が爽やかで、気持ちも優しい若手の優秀な病院経営者と言われていた。
(「あんなスパダリに好かれるなんて、竜崎先輩は恋愛も凄いですね」って言われたっけか……)
確かに光助は物腰や第一印象は良かった。だが付き合う中で、妙な違和感を蘭は感じていた。そのためセックスをする機会も遅くなり、それを体験したのが先ほどという有様だった。
(周囲の声だけ聴かずに、細かい違和感を無視しなければ良かっただろうに……)蘭はため息をつく。
過去を思い出し、蘭は立ち上がり窓際のカーテンの隙間から、まだ降っている大雨を見た。
「いないんだよスパダリなんて。いるのは傲慢で下品な金持ちの男なんだよ」
吐き捨てるようにつぶやくと、蘭はスマホを取り出し電話を掛ける。その目はまだ腫れていたが、もう涙ではなく決意を感じさせるものがあった。
(自分の尊厳は自分で取り戻す。この世界で価値があるものは、自分で手に入れた大切なものしかない)
そう考えながら待っていると電話がつながった。
「本田さんご無沙汰しています。夜分にすいません。例のオーラを使う『オーラセックス』について、詳しくお話を聞きたいんですが」
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