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第20話 蘭と隆司2
顔面蒼白になった隆司を見て、驚いたのは蘭の方だった。
(一条君、なんなのその顔色……私何かかなりまずいことを聞いちゃったのかな)
さすがに蘭もどう反応して良いか、何を言って良いか分からず、数秒間沈黙の時間が流れた。
沈黙を破ったのは、隆司だった。
「……いや、特にいないですよ」
隆司は消え入りそうな声で、下を向いて答えた。蘭と目を合わせようともしない。
蘭は、隆司に好きな女性や彼女がいなければ、チャンスだと考えていた。
そのために勇気を出して質問したのに、まるで凍り付いた下水道のフタを開けてしまった様な後悔の念に、蘭は駆られていた。
隆司は残っていたビールをほとんど一気飲みのように飲んだ。
「ありがとうございます。竜崎課長。こうして評価してくれて嬉しかったです。自分はそろそろ帰りたいんですけど」
そう言って隆司は笑った。
蘭から見て、隆司が無理に笑っているのは一目瞭然だった。
(何か私、一条君の地雷を踏んだ? でもさっきの質問で? でもまるで思いつかない)
蘭は一生懸命思考をめぐらしたが、隆司がなぜ今このような態度を取っているのかが分からなかった。
居酒屋の中は相変わらず、お客さんや、店員さんの声で賑やかだった。
「そうね、帰りましょう」
蘭はひとまず、この和風居酒屋を出る事にした。蘭がひとまず会計をすませ、隆司と割り勘にして外にでた。
(ここじゃ周りの目もあって騒がしすぎる)
駅に向かって先に歩く、隆司の後ろ姿も元気が無かった。
足取りにも元気がなく、蘭はすぐに追いついた。
「一条君、ごめん。何か気に障ることを私言ってしまったかな?」
蘭は心配になって尋ねた。本当に何が原因なのか分からなかったからだ。
「いや、別に。疲れているので早く帰りたいだけです」
隆司の返答はそっけなく、蘭の目を見ていない。疲れているのは事実なのだろうが、あの質問以降の隆司は、人生に疲れているように蘭からは見えた。
(まずい。どうしよう……)と蘭は帰り道を歩きながら、周囲に目をやると公園が見えた。
本来はもっとゆっくり和風居酒屋で時間を過ごす予定だったから、まだ蘭としては時間があった。
「一条君」
蘭は再び深呼吸をして口を開いた。
「はい?」
隆司の声はかすれていた。
「少し酔いが回ってしまったから、あの公園のベンチで休みたい。女一人じゃ不安だから一緒に来てくれないかな」
そう言って、蘭は隆司の腕を掴んだ。
どう見ても酔っぱらっている感じではない様に隆司からは見えたが、蘭の言葉には迫力があった。
「……分かりました」
隆司は応じた。
こうして二人で夜の公園のベンチに座ることになった。
周囲には人通りもなく、街灯の明かりが公園を照らし、静かな風の音だけが通り過ぎていく。
「……さっきの質問、ごめんなさい」
蘭は神妙な感じで謝った。何が原因なのかは分からないが、あの質問で隆司の地雷を踏んでしまったのは事実だからだ。
「……何の質問ですか?」
隆司はビールを飲んだ酔いが今回って来たのか、疲労で酔いが回ったのか、聞き返した。
「ほら。好きな女性とか、彼女はいるのって聞いたでしょ。そしたら一条君、顔色が変わったでしょ」
蘭は聞きながら、隆司の様子を観察しようとして、目を凝らした。
「ああ、あの質問ですよね。いいんですよ、自分は……」
隆司は投げやりな感じで下を向いてつぶやいた。仕事では全く見せない様な仕草だった。
「……一条君」
蘭は深く呼吸をして、低い声を出した。
「……何ですか?」
酔っているとは言え、蘭の声色から蘭が真剣な様子で聞こうとしているのを隆司は感じた。
「……何があったのか分からないけど、私が力に成れる事があったら、言って欲しい。絶対に馬鹿にしないし、笑ったりしないから」
蘭は下を向いている隆司の顔に手で触れて、自分と目を合わせるように顔の角度を修正した。結構な力だった。
二人の目が合う。
蘭から見て、隆司はまるで泣きそうな目に見えた。
「……個人的な事ですから、竜崎課長には関係ないですよ」
隆司は目をそらそうとしたが、両手で顔を抑えられて無理だった。
「関係あるよ一条君。……貴方のことが好きなんだから」
夜の公園の静けさの中、隆司に聞こえたのは、蘭のすこし震えた声だった。
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