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第4話 出勤しながら
(朝日奈部長が提案した、あの営業からアドバイザーへの名前変更の時は、ずいぶんともめたっけ……)と蘭はその事を考えていた。
旧来の社員からは反発もあったが、当時の朝日奈営業部長ははっきりと役員会議で言ったと聞いた。
(「私たちは宅地建物取引士という士業であり、お客様の人生について誇りを持ってアドバイスをする専門職です。だからこそアドバイザー的な態度で、堂々とすることが大事ではないでしょうか。それを営業と呼ぶことで、私たちはお客様に警戒され、尚更ペコペコとしてしまう。自分で自分の価値を下げているんです。皆さんも覚えはありませんか?」ってはっきり言ってくれたんですよね。だから私たちも堂々と仕事が出来るようになったし、業績も上がった。本当にすごい人だなあ……)
その尊敬している朝日奈アドバイザー部長に、伊集院光助の事を報告するのは頭が痛かったが、(これは会社についてからどう報告するかシミュレーションしよう)と蘭は思い直した。
今朝の振り返りの中で、蘭が一番気に入ったのは、部下である一条隆司の成長だった。振り返りを読むだけで、彼がお客様から好かれて紹介のお客様が増えているのが分かるのだ。
(一条君とは、直接話をして、どういう風に自分のことを考えているか聞いた方が良いな)と蘭は判断した。
アプリ上でミーティングは終わり、終わる頃に名古屋市中区にある青空エステートのビルに蘭は到着した。
挨拶を交わしながら、自分でコーヒーを淹れてデスクに座る。
青空エステートは社長が女性ということもあり、女性スタッフがお茶を出すような慣習はなく、飲みたい時は上司も部下も男性も女性も関係なく自分で淹れるようになっている。
「竜崎課長、おはようございます」
蘭の後ろから、明るい男性の声が聞こえた。蘭は振り向く。
「その青いジャケットと灰色のネクタイ、黒のズボン……ズボンは白に近い系でも良いかもね。でも全体的に爽やかで良いんじゃないの。一条君」
一条隆司は、「ありがとうございます」と笑顔で答えた。
彼は短髪の清潔感のある普通の外見の27歳の男性である。不器用なところもあるが努力家で、今は2課のエースでもある。
「振り返り読ませてもらったけど、今は仕事していて、どんな感じ?」蘭はじっと隆司を見ながら質問をした。
「どんな感じですか……正直言って楽しいです」
隆司は、率直に答えた。
「楽しいって、どんなところが?」
(このブラックと言われかねない不動産業界で、このステージまで来たんだ)内心嬉しくなりながら蘭は続けた。
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