第5話 一条隆司

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第5話 一条隆司

「自分の仕事って、賃貸不動産物件の管理営業じゃないですか。振り返りにも書きましたけど、3カ月前に酷い管理会社に悩んでいた貸主さんを、ウチの会社の管理にして喜ばれて、昨日はそのお客様から友人のお客様をご紹介してくださって……。ちゃんとした仕事をする事で喜ばれて、それで目標も達成出来て……もちろん問題もありますけど、仕事をしてお客様に喜んでもらえることが、本当に嬉しいんです」  隆司は、楽しくてたまらないという表情で答えた。 (新人の頃とは、本当に見違えるようになって、立派になったね……一条君)  蘭は一条隆司の答えを聞いて、本当に嬉しかった。 「うん。本当に素晴らしいと思うよ。いい加減な管理会社も多いからね。今は新規のお客様と紹介のお客様の割合はどれくらい?」  蘭は隆司の目を見ながら尋ねた。 「割合ですか……新規が3割で、紹介が7割くらいってところです」  隆司は少し考えてから答えた。 「その比率だから、目標も余裕で突破出来る訳だね。一条君。なんでそんな風に君の仕事が出来ていると思う?」  蘭は自分が課長になる前のことを思い出しながら尋ねた。 「何でですか……? うーん、振り返りなどもちゃんとやっているからでしょうか。あと堂々として正直に仕事をしているからですかね」  思い出しながら隆司は答える。    「もちろんそれもあると思う。でもね、それは基本であって、一条君にはプラスアルファがあるからよ」  蘭はコーヒーを一口飲み。話を続けた。 「プラスアルファですか?」  隆司としては意外らしく、ポカンとした顔をして答えた。   「貴方の素直さ。そしてそれがお客様を感動させている。だから自然に紹介に結びつくのよ」  蘭は真面目に答えながら、自分で自分の事を理解していない隆司が、少し可愛く見えたのだった。 「感動……ですか? そう言えば……悪質業者にだまされていた貸主様を助けた時に『あんたの様な不動産屋は初めてだ』と泣いて感謝されたんです」  隆司としては、改めて思いだしたようだった。 「良いサービスは人に紹介したくなるのよ。それが出来れば紹介のお客様は自然に増えていく。いずれは紹介のお客様で仕事が回せる日も来るでしょう。毎月の目標などもう関係なくなる」  そう言いながら蘭は自分の過去を思い出していた。負けず嫌いの性格にも関わらず、同期に抜かされ、毎月の目標で苦労していた当時。  その時の課長だった朝日奈部長が指導してくれたから、今の自分があるのだと蘭は改めて感じた。  それが蘭の指導に引き継がれ、こうして一条隆司が結果を出していることを考えると、蘭も本当に感慨深いものがあった。 「そうなんですか?」  隆司は驚いて答えた。   「そう。あ、もうこんな時間か。この話の続きはまた今度にしましょ。私は私の仕事があるからね」  蘭は時計を確認して答えた。   「分かりました。聞いて下さってありがとうございます」  隆司はぺこりとお辞儀をして、自分のデスクに歩いていく。 (こういう時にもちゃんと女性の上司にお礼が言えるって、普通なかなか出来ないことよね)と蘭は改めて隆司の後ろ姿を見ながら感心した。 (やれやれ、私は私のやるべき事をしないと)  憂鬱になりながら、蘭は朝日奈部長の予定を確認し、10分後なら話せるという事を確認出来た。  蘭はため息をつきながら、どう話すかを紙に書いてシミュレーションしたあと、5階の朝日奈部長の部屋をノックした。 「どうぞ」という澄んだ女性の声が聞こえ、蘭の心臓の鼓動が早くなる。シミュレーションしたことを頭の中で、蘭は改めて思い出していた。
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