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隼人が駅に向かって歩いていると前方の通り道から騒ぎ声が聞こえてきた。 ダボついた腰パンとジャラジャラ着けたアクセサリー、脱色した明るい髪色に眉毛を全剃りした人相の悪い顔…どこからどう見ても一昔前のスタイルで仕上がったヤンキー学生たちが「オラァ!」などと濁声を上げている。 なんでオタクの街でヤンキーが喧嘩なんかしてるんだ…!迷惑にも程がある! そう思いながら絡まれないようにと隼人は鞄を胸に抱え(以前ヤンキーに鞄をパクられたことがある)視線を合わせないように俯いて足早に通り過ぎようとした。 ……通り過ぎようとしたが、喧嘩の最中もはや一方的に殴られて地面に伏せっていた制服姿の少年と目が合ってしまった。 その少年はやはりヤンキーなのか髪の毛を明るく脱色していた。顔を殴られたのか形の良い鼻からは血を流している。 「っ」 怯んだように息を飲んだ隼人に向けて、腹を蹴られているのにその不良少年は隼人に『大丈夫』と言うように薄らと笑った。 直後、少年を蹴ろうとしたヤンキー達の足で彼の表情は見えなくなった。 「……」 僕に向けてくれたあの笑顔……。 隼人の胸の奥に突如ポッと小さな火が灯る。 あんなに傷だらけなのに顔面偏差値が異様に高いからか、どことなく『ギャルアゲ』の主人公ゆめめに似ていた! ヤンキーたちは相変わらず「テメエ、生意気なんだよ!」などと汚い声で罵り続けている。 隼人は胸元に抱えた鞄をギュッと握り自問自答した。 推しキャラに似た少年が多勢に無勢で暴力を受けている様子を見過ごして逃げるのか?それでゆめめのオタクを名乗れるのか? 額にじわりと汗が浮かぶ。 側から見ると、ヤンキーのリンチに怯んで動けなくなったただのか弱いオタリーマンだ。 「…や、やめるんだっ……」 一生分の勇気を振り絞り叫んだ声は、声優ライブでコールを張り上げた時の10分の1も出ていなかった。 だから誰も隼人が言ったことに気付いていない。 けれど再び目が合った少年にはその声が届いたようで、血の滲む口元が動いた。 「…ばか、かま、う、な……」 その唇の動きを見て隼人は小さく呟いた。 「か、構うさ……」 だって、ゆめめ(仮)が、いやゆめめでなくても未成年が殴られてて見過ごすなんて、オタクじゃなくても……大人として失格なのでは? 隼人の全身に珍しく飲酒した時のような高揚感が走った。何が起こったのかよく分からねーが、アドレナリンってやつが身体中を駆け巡っていることだけは分かるぜッ!と脳内でオタク100%の隼人が力強く拳を握る。 「う、うおおおッ!!ゆめめたそを苛めるのはやめたまえっ!」 今度こそ隼人は叫んだ。 タイガーよりファイヤーよりサイバーよりファイバーより隼人は力強く叫んだ。 そして鞄を振りかざしながらヤンキーの群れに突っ込んでいく。 「なんだこいつッ!?」 「これは転売ヤーに泣かされたポタクたちの分ッ!」 隼人はそう叫ぶと、虚を突かれて動きの止まった一人のヤンキーを鞄で力いっぱい押し退け、地面に伏している少年の腕を掴んで立ち上がらせた。 「これはっ、ギャルに夢見る漏れ達の分だァッ!!」 呆気に取られて固まったままのヤンキーその2にタックルをキメながら、そのままの勢いで少年と共に隼人はヤンキーの群れから抜け出した。 「ちょ、アンタ」 腕を掴まれたままのゆめめ(仮)が焦ったように声を上げる。 「に、逃げ上手の殿様だッ!」 普段であればSNSの身内にしか使わないようなオタクネタを叫びながら、隼人は後に自分でも驚く程の機敏さでヤンキーの群れを掻い潜り抜けた。 「覚えてろよッ!!」 ヤンキーたちの怒声を背中に浴びながら隼人は少年の腕を掴んだまま全力疾走し続ける。 覚えてろと言われても3,4人もいたんじゃ既に『大阪卍アドベンチャーズ』のモブにいそうなヤンキーたちだった、としか記憶に残っていない。隼人もその辺にいるモブのオタクキャラだからモブ同士お互いに次会ったとしても覚えてない、多分。 そんなことを思いながらもヤンキーに歯向かってしまったという事実が特大の後悔として既に隼人に襲い来る。 中学時代はテニス部だったが、運動をしなくなって10年程経ち体力にも筋力にも自信は皆無のオタクだから今ヤンキーが追って来たら確実に勝ち目はない。 殴る蹴るなどの暴行で済めばまだしも、いつの時代もヤンキーは武器を持ち歩いては流血沙汰を起こす生き物だから下手すれば命がない。 少々偏見に満ちた恐怖が脳内を占め、とにかく離れなくてはと隼人は足を止めずに駆けていく。 気付けばターミナル駅の地下通路を通り抜け、私鉄の駅まで来ていた。 息を切らしながら冴えない陰キャオタクな見た目のサラリーマンが傷だらけの不良少年の腕を掴んで走っている姿は事案一歩手前の異質さを放っているようで、通り過ぎる人々から奇異の視線が突き刺さり始めた頃……。
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