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side:由音
賑やかな高校の昼休み。それとは反対に閑散とした図書室。
白川由音は乱雑に積み上がった本の背表紙を確認しては綺麗に整理していく。
黙々と図書委員の仕事をしていると、本の隙間を通って微かに寝息が聞こえてきた。
「あの人、また来てる」
本棚の隙間から音の方へ視線を向ける。
自習用に置かれた大きめの机、その内の日当たりのいい席で彼は丸くなって寝ている。
図書室には普段人の出入りはほとんど無い。ただそれは彼、黒沢環を除いた場合だ。
「すぅー、すぅー……」
本を読みに来るでもなく、気づいた時にはいつも居る。そして寝ている。稀に起きているのを目にしてもすぐにそっぽを向いてしまう。
クラスメイトではあるが彼のことはよく知らない。
「なんだかネコみたいだな」
由音はそんな印象を抱いていた。
普段なら話すことも無いのだがこの日は違った。
「ん?黒沢くんの髪に何か付いてる」
そっと近づいて見ると、赤い糸くずが絡まっているようだった。
乱れた本棚を見ると整えたくなるように、どうにももどかしい気持ちになった由音は彼の艶やかな黒髪に指を通す。
「……取れた」
ほんの僅か満足感を得て顔を緩めているとこちらを見つめる視線に気づいた。
「なにしてんの?」
「わぁ!?」
気が付くと触れ合うような距離に彼の端整な顔があった。
驚いて後退りしようとして足が縺れる。
倒れることを悟って目をぎゅっと瞑る。
「おっと」
本来床に倒れて訪れるはずだった痛みがこない。
「あ、れ?」
恐る恐る目を開けると今度は天井が見えた。
「大丈夫?どっか打ってない?」
優しく聞く声の方を見ると同時に由音は自分の状況を理解する。
「黒沢くん?平気だよ。って、わたしお姫様抱っこされて……!?」
「よかった。オレ、てっきり白川に怪我させちゃったかと」
そう言いながら彼はゆっくりと腕の中から解放して立たせてくれた。
「ありがとう。その、助けてくれて」
びっくりしたからだろうか。なんだか胸がドキドキする。
「いや、驚かせてごめん。ところでさっきは何してたの?」
「えっと、髪に赤い糸が付いてたから気になって、それで……」
なんだかしどろもどろになってしまった。
変な奴だと思われていないだろうか、由音は自分の顔が熱を帯びて鏡を見なくても真っ赤になっていることが分かった。恥ずかしい。
「……ふっ、あははっ」
そんな由音をよそに環は堪えきれずに吹き出して笑い始めた。
「そんなに笑うことないのに!もう!」
抗議すると環はニマニマと口角を上げたまま、手を立てて謝罪をアピールする。
「いやっ、ごめんごめん」
ひとしきり笑いが収まると環は真っ直ぐに由音に向き直る。
「白川の赤くなった顔が可愛くて、つい」
「っ!?」
顔が耳まで真っ赤になり、目が潤む。
はにかみながら言われたその言葉に由音の心臓が大きく跳ねる。
(あれ?わたし、もしかして黒沢くんのこと好き!?)
胸の鼓動が由音の考えを肯定する。
思い返せば、彼が図書室に居るときはいつも目で追っていた気がする。
赤い糸に気づけたのもずっと意識していたからだ。
由音は自分の恋ごころに気づいてしまったのだ。
「━━おーい」
「ふぇ?」
「どしたの?ぼーっとして」
「う、ううん何でもないよ」
焦って声が裏返ってしまった。
「そ?じゃあそういう事だから、よろしく」
手を振りながら図書室を出ていこうとする彼を呼び止める。
「待って!今なんて?」
ぼーっとしている間に聞きそびれてしまったようだ。
すると彼は振り返って、またニマっと笑いながら、けれど優しく由音を見つめて言う。
「オレ白川のこと気に入っちゃったから、また会いに来るね」
図書室には由音だけになった。
まだ顔が熱い。
ぐるぐるから回る思考で一生懸命考えて分かった。
「わたし、好きな人に気に入られちゃったってことぉ!?」
賑やかな高校の昼休み。それは図書室も例外ではない。
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