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【2011/12/28 晴れ】
年末が近づくにつれ、金木犀の匂いが遠ざかり、受験の香りが日に日に色濃くなってきた。
その忙しさは高校受験の時の比ではなく、師走って本当に走り回る季節なんだなあと実感する。まあ、師ではなく学生なんだけど。
「……また、なんか変なことしてるな」
冬休みに入っても受験対策の講義が開かれていて、午前中に共通テスト対策を受けた帰り、羽奈が庭で植木鉢に両手を合わせていた。ものすごくシュールな光景だけど、受験勉強のし過ぎで頭のねじが緩んでしまったのだろうか。
「羽奈、何してんの?」
「あ、遼!」
声を掛けてみると、パタパタと近づいてきた羽奈が家の門を開ける。住み慣れた自分の家の庭のはずなのに、途中で躓いて転びかけたりして危なっかしい。
あまりここで油を売っている暇はないのだけど、羽奈の笑顔を見ると断るのも心苦しかった。そもそも、俺から声を掛けたのだし。
庭に足を踏み入れると、そのまま植木鉢の前に導かれる。一時は根腐れの危機にあった幸せのなる木だけど、今ではすくすくと大きくなり、大きめの植木鉢にもフィットしつつある。あり合わせで植え替えた植木鉢だと少し窮屈そうだけど、なぜか羽奈は植え替えるのを渋っていた。
「今日はいい天気だからねー。冬だけど、たまには日向ぼっこさせてあげたいなって」
羽奈につられるように空を見上げると、雲一つない抜けるような空。この時期は朝の冷え込みがきつくて辛いけど、日光浴には悪くない日なのかもしれない。
「日向ぼっこはいいけど、何か拝んでなかったか?」
「幸せのなる木だからねー、ご利益あるかなって」
「ご利益って、受験関係?」
「うん。まあ、私のじゃないけどね」
それまで笑顔だった羽奈がちょっとジトっとした目で俺を見る。
「高校は一緒に通えなかったしねー。次が最後のチャンスだよ」
羽奈の言葉に思わず首をすくめる。高校受験は俺が失敗して別々になってしまった。
その為に鋭意勉強しているわけだけど、羽奈と違って未だに合格判定も安定しない。
それでも、羽奈がランクを下げるっていうのは色々な意味であり得なかった。羽奈も俺も大学では植物科学を学んでみたいと思って志望校を決めた。同じ大学だったのはたまたまで、やってみたいことが先にあった。
「まあ、神様よりは信用できるか」
俺も羽奈に真似て幸せのなる木に両手を合わせてみる。
三年前、神様にはそっぽを向かれたけど、なんだかんだ羽奈と一緒に愛情を注いできたこの木なら、少しくらいご利益があってもいい様な気がした。
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