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【2018/5/19 くもり 一時 雨】
「……見つけた」
一年半ぶりに見つけた羽奈は、病院の個室でベッドに腰掛けてぼんやりと外を眺めていた。
ゆっくりとこちらを振り返った羽奈の瞳が俺を捉えると、その目を白黒させ、ポカンと口を開く。
「……遼? どう、して?」
「お前、昔から嘘つくのが下手なんだよ」
羽奈にスマホの画面を見せる。一ヶ月前、最後に会話した時の番号は080から始まっている。でも、羽奈がアメリカにいたなら、日本の国番号の81から始まっていないとおかしかった。
「おばさんとおじさんを怒るなよ。俺が無理やり聞き出したんだから」
あの電話のとき、アメリカに残ると言いながら既に羽奈は日本にいた。わざわざそんな嘘をつく理由があるはずだと羽奈の実家に行き、羽奈の両親を説得して居場所を教えてもらった。
それが、この病院だった。
「じゃあ、私のことも……」
「ああ。全部聞いた」
留学に行ってから一年半、羽奈はアメリカで倒れた。当初は過労だと思われたが、検査をしてみると状況はもっと悪かった。羽奈の身体は病魔に侵されていた。
先天性の遺伝子疾患。少しずつ羽奈の体内で蓄積したエラーは、彼女の筋肉や神経を蝕んでいた。中学くらいから躓いたり転んだりすることが多かったけど、それだって病気のせいだったのかもしれない。
ずっと一緒にいたのに、気づかなかった。中学も、高校も、大学も、一緒にいて、その間ずっと羽奈の中で病は少しずつ育っていたのに、気づくことができなかった。
「どうして」
立ち上がった羽奈が俺の方に近づこうとしてバランスを崩す。急いでその身を支えるけど、羽奈は嫌がるように藻掻いて俺の腕を振り払った。
「私、遼の重荷になりたくなくて。嫌われて、いなかったことにしようと思ったのに」
羽奈の病気は珍しいもので、治療法が確立していない。進行を遅らせるのが精いっぱいで、やがて育ちきった病魔は羽奈の生命に手をかける。
震える羽奈の身体を抱き寄せる。それまで逃れようとしていた羽奈の動きがピタリと止まった。
「それならもっと、上手に嘘つけよ」
「知らないよ。なんで来ちゃったの」
「助けに来た」
胸の中で羽奈が小さく息を吸い込んだ。
「俺さ、植物の遺伝子から創薬につなげる研究してて。これまで治せなかった病気に挑んでるんだ。だから、羽奈の病気は、俺が治すよ」
羽奈が泣くのを見たのはいつが最後だろう。
ああ、そっか。俺が高校受験に失敗した日、何故か俺じゃなくて羽奈が泣いていた。
あの時よりずっと大人になったはずなのに、羽奈は――そして俺も――子どもみたいに大泣きした。
でもこれは、そう。希望という植木を育てるための涙だから。
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