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【2009/1/2 晴れ】
「遼ー、見てみて!」
初詣の途中でどこかに行っていた羽奈が持ってきたのは『幸せのなる木』とプリントされた缶詰だった。缶詰を受けとってみると、うまく育てると十年程で木の実がなり幸せが訪れるという。もっとも、幸せのなる木なんて名前ながら、その木の実は猛毒で食べてはいけないらしい。
缶の中には種と土が入っており、しばらくは缶でそのまま育てることができるらしい。
「これで私の人生、薔薇色間違いなし」
「騙されてるから返してきなさい」
缶詰を返すと羽奈はむうっと頬を膨らませる。受験が終われば羽奈も俺も来年から高校生のはずだけど、羽奈は昔からまるで変わらない。
背が小さくて、無邪気で、ちょっとおっちょこちょいで、嘘をつくのが苦手。春から高校生になって大丈夫かと、こちらが少し不安になるくらいな幼馴染。
「だいたい、羽奈って植物の世話とかできるの?」
「でーきーまーすー! 私の愛を注げばすくすく育つこと間違いなしですー!」
「愛より水とか肥料を注いでやれよ」
まあ、別に羽奈が自分の小遣いから買ったものだから、羽奈の好きにすればいいのだけど。でも、貰ったお年玉の最初の使い道がそれっておじさんとおばさんどう思うだろう。
まあ、とりあえず賽銭も入れたし、お守りも受けた。やることはやったし、早いとこ帰って受験勉強の続きでもするか――と思ったけど、屋台から漂ってくる香りに目をキラキラさせた羽奈に引きずられることになった。
「根詰めても効率悪いって! 今日くらい羽伸ばさないと」
「羽奈はいつも羽伸ばしてる気がするんだけどな」
羽奈はりんご飴片手にご機嫌だった。結局、俺も匂いに負けてフランクフルトを頬張ってるから人のこと言えないけど。
「そういえば、随分長い時間願い事してたみたいだけど、何だったの?」
ご機嫌ついでに気になっていたことを聞いてみる。羽奈は一瞬開きかけた口を噤んで、りんご飴に視線を下げた。
「受験、上手くいきますようにって」
受験生からすれば普通の願い事なのだけど、どうして一瞬言いよどんだんだろう。それに、その願い事であんなに長い時間じっと願い続けるだろうか。
「遼は?」
「……秘密。願い事口にすると、叶わなくなるらしいし」
「え!? じゃ、じゃあなんで私の願い事聞いたのっ!」
ハッと目を見開いた羽奈がぶんぶんと腕を振り回す。
その腕を避けながら、神社の鳥居の方へと向かう。元日の早朝の空気は冷たかったけど、差し込んでくる光は眩しくて温かかった。
「わわっ!?」
「おっと、あんまりはしゃぐなって」
「ありがと……って、遼のせいでしょ!」
躓いて転びかけた羽奈の身体を支えると、照れたり怒ったり大忙しだった。
そう。別に、大した願い事じゃない。高校に行ってからも、こんな風に過ごせればいいなって、ただそれだけだ。
――まあ、結局俺は第一志望に落ちて、羽奈とは違う高校に通うことになってしまった。神様なんて存在、あまり頼りにしない方がいいのかもしれない。
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