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「ハハハ……。そうですよね、今さら教習所に通うなんて何やってんだ、と思われるかもしれませんが……」
私も食事の手を止めて、かるく頭をかきながら、言い訳じみた言葉を口にする。
「……大丈夫ですよ。ほら、教習所の卒業までに取らなきゃいけない単位は、学科が36時間で技能が22時間でしょう? 私はそれぞれ32時間と19時間、履修済みですから、残りはあとわずかです」
ちなみに、妻は結婚前に免許取得済み。「こんなもの、花嫁修行の一環よ」と彼女は言っていた。
いずれにせよ、妊娠してから教習所や免許センターへ行くのは肉体的に難しいから、わざわざ説明せずとも「妻の方は免許取得済み」と田中さんも理解しているようだ。
「それにしても……」
田中さんの表情が、驚きから心配の色に変わる。
「……いくら『残りはあとわずか』といっても、結構ギリギリじゃないですか? いっそのこと教習所に通ったりせず、いきなり免許センターで一発試験の方が、時間的には良かったのでは……?」
「いや、その方が早いと考えられるのは、よほどの自信家だけですよ。だって、ほら……」
法律によって定められたところによれば、確かに、免許センターで試験を受けて合格するだけでも免許は取得できる。ただしその場合、免許センターでは学科試験に加えて技能試験も必要。一方、教習所を卒業しておけば、免許センターでは学科試験のみとなり……。
「……免許センターの技能試験は厳しい、と言いますからね。なかなか一発合格は出ない、って話でしょう? だったら、かえって時間的には遠回りですよ」
「そういえば……」
田中さんも、私の言葉に納得したみたいに頷いている。
「……教習所では僕たち、実技の教習でアンドロイドを使っていますが、免許センターの実技試験では生身の子供だそうですね。無免許でいきなり生きた人間相手なんて、考えただけでも恐ろしい……!」
本当に怖そうに、田中さんはブルッと体を震わせた。
そんな田中さんに対して、私は言葉を続ける。
「知っていますか? ほんの100年くらい前まで、こんな免許制度は存在しなかったそうですよ。法律やら何やらで資格を保証されなくても、みんな自然に出来ていたんです」
「ええ、それくらい僕も聞いたことあります。確かに、歴史を紐解けばそうなるんでしょうけど……」
田中さんは、何やら考え込むかのように、眉間にしわをよせる。
「……でも当時は色々と問題が起こったからこそ、免許という仕組みが出来た。少なくとも僕はそう教わりましたし、現行のシステムに納得も賛成もしていますよ」
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