免許が必須となった社会

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    「えっ、2ヶ月後に出産予定ですか?」  対面に座る男が、目を丸くしながら顔を上げる。箸を動かす手も一瞬止まるくらいに、大きく驚いていた。  教習所の昼休み。  ランチのために食堂へ行くと、見知った顔があったので彼と同じテーブルに座った。  学科教習だけでなく技能教習でも何度か一緒になった男であり、教官からは「田中さん」と呼ばれていたので、それが彼の名前なのだろう。  外見的には(ひたい)が広いのが特徴だが、どうやら生まれつきではなく、前髪の生え際が後退し始めているらしい。私よりも10歳は若いだろうに、なんだか可哀想な話だ。  いや(はた)から見れば、30を超えてからこのような教習所に(かよ)っている私の方が、彼よりも可哀想に思われるかもしれない。  お互い顔は知っていたものの、今まで個人的に話したことはなかったので、食べながら簡単な自己紹介となった。  田中さんは貿易会社勤務で、まだ独身だという。一方、小さな研究室で働く私は、既に結婚7年目であり、それどころか妻が妊娠中。その旨を告げたところ、冒頭のように酷く驚かれたのだった。    
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