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週間前、僕は飼い猫の為に猫草を育てることにしたのだが、発芽した猫草の様子がどうやらおかしい。
購入した猫草の袋の裏に書いてあった説明通りに100近い種を2、3時間ほど水に浸け、プランターに入れた園芸用の土の上に撒き、上から少し土を被せた。
10日間ほどは日が当たらない場所置く必要があったので、プランターの上に下敷きを乗せて棚の奥に入れ、様子を見ることにした。
毎日下敷きをずらして様子を見て、乾かない程度に霧吹きで土の表面を潤した。
9日目で発芽したようで、淡い黄緑の短い草がポツポツと顔を覗かせた。
発芽したら日光を当て、表面が乾かないように霧吹きで水を与える。
発芽までのじれったさが嘘のように、猫草はぐんぐんと育ちはじめた。
しかし草が伸びるにつれ、本来の猫草とは違う形に育っていることに気付いた。
ネットで検索してもヒットしなかったので、僕は販売業者に問い合わせた。
オペレーターには「『猫草』は『猫が生える草』です。常識でしょう」と鼻で笑われた。
そうか、猫草は猫が食べる為の草ではなく、猫が生える草なのか。
オペレーターによると、一部のブリーダーによる劣悪な環境での飼育が問題となり、ブリーダー資格を得る為の審査が厳しくなった。
法の目を掻い潜り、簡単に猫を育てられるように技術者を買収して開発させたのが猫草(隠語)だという訳だ。
それを知らず、草が生えると思い込んでいた僕はネットで猫草を購入してしまったらしい。
現在100本近い『猫草』が蕾を付けている(本来の猫草には実がならない)。
オペレーターによると、蕾がひらくと同時に仔猫が産まれてくるらしいので、多頭飼いになってしまう。
1匹の飼い猫の為に草を育てようとしただけなのに、なぜ猫が増えるんだ?
どうにかして廃棄しようかという考えが一瞬過ったが、これから産まれてくる仔猫達の命を奪うという選択は僕には出来なかった。
そうだ、フリマアプリで売れば良いのではないか?
蕾がひらく前に購入者の元に届いてしまえば、相手に責任を押し付けられる。
匿名配送だから、文句を言ってこられてもブロックしてしまえば良い。
僕は早速準備に取り掛かった。
+
『猫草(蕾付き)』という商品名で出品すると、5分も立たない内に売れた。
蕾付きの画像を載せたのだが、購入者は本物の猫草だと勘違いしたのだろうか?
近所のスーパーから貰ってきた段ボールに入れ、コンビニから発送した。
よし、これでもう一安心だ。
+
【発芽済みの猫草を購入したらこんなんが届いたんだが】
Xでトレンドに入った投稿を見て、僕は目を疑った。
100均で購入したプランターには見覚えがあり、それは間違いなく僕が送った猫草だった。
ただ、購入者は怒っているわけではないらしい。
【蕾から500円玉が出てきた!】というのだ。
しかも100近くの蕾から500円玉が出てきたものだから、合計約5万円。
おもちゃの500円玉ではないかと疑った購入者が銀行に行って確認してもらったところ、本物の日本硬貨で間違いないという。
【最初から蕾の中に500円玉が仕込まれていただけでは?】
【出品者が仕込んだって言いたいのか?何の為にだよww】
【実は購入してなくて、バズる為の投稿主の自演か?】
【そもそも紙幣の売買は禁止されているはずだ】
様々なリプや引用リツイートが寄せられた。
購入者は【自演じゃなくてマジだって!しかも紙幣じゃなくて硬貨だし!ひらくまで蕾は硬く綴じていて、細工して仕込まれたようにも見えなかった】と訴えた。
更に【運試しでこの5万円をFXに投資にしてみるわww】と宣言した。
俺は信じなかった。
信じたくなかった。
あの俺が育てた猫草からは、猫が産まれてくるはずだったのだから。
+++
購入者がFXに投資した5万円は見事に化け、倍々ゲームでどんどん増えていった。
【まさかあの時の5万円が切っ掛けで億万長者になるなんて、人生って分からないもんだな】
一連のポストを見ていたツイ廃達は、1人の男のことをそう語った。
あの時の購入者は、数ヶ月に1度の頻度でポストするだけで、Xにはほとんど顔を出さなくなった。
儲けた金で発展途上国に学校を建て、その国の子供達に学びの場を提供したようだ。
僕が電話を掛けた販売業者は実在せず、通話履歴から番号も消えていた。
猫草の袋は捨ててしまったので、今はもう販売業者の住所も電話番号も分からない。
確かに僕はオペレーターと話したのに。
あれは一体誰だったんだ?
「5万円だって、フリマアプリで売らなかったら僕の物だったのに。FXをやってみようとは思わなかっただろうけど、美味しい物が食べられたはずなのに。でもいい勉強にになった。もう騙されないように、今度は有名なメーカーの猫草を買うよ」
僕は飼い猫の頭を撫でながら呟いた。
飼い猫は鼻で笑った。
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