ヤバイ目覚め

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一 マネッジ商事に勤める田中順子はこの会社に入社して二十五年が過ぎた。 株式会社マネッジ商事は札幌で土木工事の資材を扱う会社である。 製造メーカの代理店となって工事業社に資材を小売りするのだ。 順子はこの会社で社員の持ってくる旅費や備品の購入など諸経費伝票の整理をずっとやってきた。 若い頃は変化のない仕事に不満を持ちほかの仕事にチャレンジしたい気持ちがあった。 けれど、四十路を超えると今までと同じようにこの仕事をずっとやって定年を迎えたいと思うようになってきた。 マネッジ商事の属する土木業界というところは、時代が変わってもなかなか変化しない。 大昔からの道や橋を建設する産業では、長い伝統を重んじるせいか変化に抵抗する人が多いからだ。 重機が穴を掘り、ミキサー車がコンクリートを打ち、ヘルメットをかぶった作業員が親方の指示のもと現場を動き回る。 ずっと昔から同じようなやり方で道路、橋が造られ、川の堤防が築かれていく。 労働者の平均年齢が四十五歳、五十五歳以上の職人が四割に到達しようとしているのだ。 昔から馴染んだやり方でないと職人さんが文句を言う。 世の中が変わっても、仕事が同じサイクルで進んでいかないと満足できないのだ。 順子も四十路の終盤を迎え、どっぷりとこの業界につかり、変化しないことを希望するようになった。 ところが、この頃、どうもそうならないかも…… と思うようになってきた。 時代の変化の波にマネッジ商事も飲み込まれようとしていたからだ。 変化のない土木業界と言えど、東京は違う。 首都圏の大手土木会社ではすでにデジタル化始まっていた。 テレビの広告でも 「事務処理がだれでも簡単に! 数時間の処理がたった数分で!」 と宣伝し始めた。 あらゆることがパソコン一台で完結するようだ。 その波が札幌のマネッジ商事にも押し寄せてきたのである。 私の仕事、ヤバイなぁと順子は思う。 変化の波には逆らえないのかなぁ…… 昔は良かったぁ……  とため息つけば、大学を卒業する年のことを思い出す。 当時は、不況で銀行やら証券会社が倒産しリストラが吹き荒れていた時代だった。 就職活動が盛んな時期は就職氷河期で女子の就職は困難を極めていた。 誰もが一流商事か大手メーカに就職希望だ。 安定した職場でエリートと結婚し安心して暮らしたいと思っていた。 順子も……、いや、順子は少し違った。 上場企業を希望するのは他の誰もと同じだがエリートと結婚しなくても良かった。 嫁に行かなくてもいい。 ただ、男に頼らない自立した生活を送っていきたいと望んでいたのだ。 応募する有名企業はすべて落ちた。 結局採用されたのが札幌の中小零細企業のマネッジ商事だったのである。 それでも、ここで頑張っていればいいこともあるだろうと考え直した。 懸命に働いてはみたものの、任される仕事はお茶くみか雑用ばかりだ。 十年が過ぎてようやく任された仕事が諸経費の伝票処理。 札幌のような地方都市で土木業界に働く女子は雑用係と相場が決まっていた。 だんだん労働意欲がそがれ、なんとなく働いているうちに二十五年が過ぎたのである。 札幌の一般事務の給料は東京に比べ圧倒的に安い。 大学同期で大手メーカや銀行に勤めた女子達に言える額ではない。 同窓会になれば給料の話は早々にやめ、恋愛話へと話題を変えた。 この話になれば順子の天下だ。 それは男ばかりの土木業界だからだ。 もともと幼い顔つきの順子が、社会人となり化粧やヘヤースタイルに工夫を凝らすと顔が一変した。 少女Aが大人に変身したのだ。 思わせぶりに唇濡らし、きっかけくらいをつくってあげれば、男性からの誘惑が引きを切らなくなった。 突然やってきた人生最高のモテ期。 どんなダサい格好をしていても男性は放っておかない。 おまけに五時にはピンポンダッシュだ。 好きなことができる五時から女でいれたのだ。 深い恋に何度かおちて大人になった。 それがいっそう順子を魅力的にする。 ハデな二十代を過ごすことができたのだ。 二十代も後半になると、男達が次々と順子に結婚のアプローチをしてきた。 嫁になって俺を支えてくれと言った。 しかしその言葉に、はて? と首をかしげてしまう。 嫁という言葉に幸せを見いだせなかったのだ。 従属する女を感じてしまうのだ。 私は違う。 男も女も自立するべき! 一緒になってもヒフティヒフティ。 いや違う! 男が女を支えるべきだわ! 女は子供を産むのだから、男は子孫繁栄にため女に尽くすべきなの! 男達が言い寄ってくれば来るほど順子は強くなった。 女はメスカマキリのように強くなきゃダメなの!  と思うようになったのだ。 しかし、そんな男は現れなかった。  結局、どの恋も実らず独身のまま四十路も後半を迎えてしまったのである。
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