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澤乃井祥司
彼は発明家をうたうメカニックだ。
「あーー、やっちまった
とんでもないもの作っちまった」
そう言って、ニヤニヤしながら
てんとう虫を少し大きくしたくらいの小さなメカを摘むと
とっくり返しひっくり返し眺め始めた。
デスクには図案とパーツが散らかっている。
広げられた図案には『虫型イアホン』と書かれていた。
そう、これは
澤乃井が発明した虫型のワイヤレスイアホンなのだ。
ワイヤレスイアホンといえば
落ちる、無くす、隙間に落ちたら拾えない。
そんなワイヤレスイアホンのデメリットを払拭したのが
この、『虫型イアホン』だった。
澤乃井は、はやる気持ちを抑えつつ耳に装着してみた。
感度は良好だ。
頭を激しく振ってみる。
耳からズレたイアホンが
よっこらよっこら耳の穴に向かってよじ登ると
スポッと、収まるべき穴に収まった。
「うんうん! サイコー!」
そして次はデスクにイアホンを置くと席を立って数歩離れた。
すると、羽を広げたイアホンが澤乃井めがけて飛んできた。
思わず声を出して笑っていた。
「いやー!サイコー!サイコー!!」
そうなるとこの窓から投げたらどうなるのか・・気になる。
澤乃井は窓から下を覗く。
澤乃井がいるこの部屋は大学の研究室の一室である。
この大学には研究室がいくつもあり自由に使う事を許されていた。
澤乃井の個室のようなこの部屋も立派な研究室であった。
さて、好奇心に駆られた澤乃井は6階からイアホンを投げてみた。
「さあ、帰ってくるのか!?」
わくわくしながら下を覗いていると
わらわらと数人の白衣の男たちが円陣を組んで頭を寄せ合い始めた。
「うわ! あれは!虫博士だ!!」
澤乃井は焦って中庭まで駆け降りた。
そこでは虫博士たちが澤乃井のイアホンを囲んでわいわいしている。
澤乃井のイアホンはよくできている。
よくできているが故にこれが虫ではないと疑う余地もない。
「安藤博士これは」
「武藤博士それは」
「進藤博士あれは」
背格好がよく似ている3人がいつものように頭を寄せ合って
小さな虫に興味を集中している。
「・・遅かったか」
澤乃井は遠くから舌打ちをした。
イアホンだからと思ってカメラを搭載しなかった。
「失敗した・・カメラつけときゃよかった」
澤乃井のイアホンが
円陣の内側でどんな事になっているのか全くわからない。
ただ、手元で遠隔操作はできる。
試しに虫型イアホンの足を動かしてみた。
わきわき・・
足を動かすと円陣からどよめきが上がる。
「動いた?」
「生きてる?」
「・・生きてますなぁ」
円陣の熱が上がった。
「う・・やっちまった」
博士たちの興味を強化してしまった。
「そうだ!音楽を流そう」
と、
「これは!?」
ざわめく。
「ふぅ・・やっと気づいてくれたか」
澤乃井はホッと肩を撫で下ろし円陣に向かってスタスタ歩いて行く。
「歌う虫だ!」
博士たちのどよめきが聞こえる。
「は!?」
「歌ったな」
「声帯が?」
「音感もありますな」
「えーーーー!」
付き合いきれない。
「チーム虫博士! それ、オレのだから!返して!」
「いやいや、澤乃井くん・・」
「それは我々が先に・・
「・・・」
問答無用で虫博士からイアホンをむしり取ると背を向けた。
と、腕時計が振動した。
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