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03話「縮まる距離と信頼」
撮影が終わり、片付けを済ませた翔は部室を出たところで陽斗に声をかけられた。
「先輩、帰り道一緒にいいですか?」
「え、別にいいけど……珍しいね、長谷川くんがそんなこと言うなんて」
「別に。先輩の話を聞いておきたいだけですよ」
二人は並んで大学から駅へと向かう道を歩き始めた。夜風が心地よく、翔は今日の撮影のことを思い返しながら口を開く。
「今日はなんか疲れたな」
「撮影なんてそんなもんです。でも、先輩はまだ余裕が足りないですね」
「そりゃお前の指示が厳しいからだろ!」
「厳しい? 僕は必要なことを言ってるだけですけど」
陽斗の声は少し冷たいが、相変わらずどこか挑発的でもあった。
「はぁ……。まあ、長谷川くんの言うこともわかるけどさ。俺、昔から特別目立つタイプじゃないし、どうしても地味になっちゃうんだよ」
その言葉に、陽斗は歩みを止め、翔の顔をじっと見つめた。
「……先輩って、どうしてそんなに自信がないんですか?」
「どうしてって……普通だからだよ。何も特別なことなんてないから」
翔の答えに陽斗は目を細め、少し呆れたような口調で言った。
「そんなの関係ないですよ。僕的には先輩は十分面白い人材です」
「……面白い、人材?」
「はい。普通だろうと何だろうと、先輩には先輩なりの良さがあるんです。それを見つけるのが僕の仕事ですから」
陽斗のまっすぐな言葉に、翔は言い返すことができず、ただ小さく頷くことしかできなかった。
☆ ☆ ☆
翌日の撮影中、アクシデントが起こった。翔がセリフに集中するあまり、小道具のテーブルをひっくり返してしまった。
「本当にすみません……」
翔が慌てて小道具を拾い集めると、周囲の部員たちも急いで片付けを始める。彼は何度も申し訳なさそうに頭を下げた。
それを横目に陽斗は慌てる様子もなく、静かに判断を下す。
「大丈夫です。壊れたものは直せばいいだけですから」
その冷静な態度に、翔は少し驚いた。陽斗は片付けが終わると翔に近づき、低い声で囁くように言った。
「気にしないでください。先輩がそのくらい熱心にやってくれるのは悪くないですから」
「っ! ……あ、ありがとう」
翔はふと顔を上げ、陽斗の表情を見つめた。
「まあ、でも。次からは気をつけてくださいね」
肩を軽く叩き、促す。翔はその対応に少しだけ強張っていた力が抜けた気がした。
翌日の撮影では、翔が少し自信を取り戻した様子を見せる。陽斗のアドバイスを思い出しながら演技に挑んだ。
「長谷川くん、ちょっといいかな? このシーンだけど、もっとこう動いた方がいいかな?」
「いいですね、それでいきましょう」
翔が相談すると、陽斗は微笑みを浮かべる。彼のやる気と自信を汲み取り、思わず頬が緩んでしまったように。
撮影が進むにつれ、翔は自分の演技が少しずつ形になっていくのを感じた。部員たちも彼の話題は右肩に上がっていく。
その日の撮影が終わり、片付けをしている翔に陽斗が近づいた。
「先輩、今日は良かったですよ」
「っ! き、君にそんなこと言われると調子狂うっていうか。……お世辞なんて別に」
「お世辞ではないです。僕、嘘を言わないんで。それに先輩、これからもっと良くなりますよ」
「…………そっか」
陽斗の不意の言葉に、翔は照れくさそうに頭を掻きながら短く答える。
――彼の期待に応えたい。
そんな気持ちが芽生え始めていることに、翔はまだ気づいていなかった。
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