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01話「出逢いと挑発」
映画研究会の部室は、新歓の活気に包まれていた。テーブルにはポスターや資料が並べられ、先輩たちは新入生たちに声をかけている。
小鳥遊翔はいつものように部長のサポート役として動いていたが、新入生たちを見渡しながら少し緊張していた。
「次は、新入生の紹介だね」
部長が手元の名簿を確認しながら声を上げると新入生たちは前に並び始めた。その中に、ひときわ堂々とした態度の新入生が前へと出る。
「長谷川陽斗です。脚本と監督をやります」
その一言に部室が一瞬静まり返る。
一般的に新入生ならよろしくお願いします、や映画が好きです、など無難な言葉を選びそうだが彼は違った。
「おお、頼もしいね! 長谷川くん、これから一緒に頑張ろう」
部長が笑顔で陽斗に声をかける。隣にいる翔もすごい子が来たな、と感心しながらその自信に満ちた態度に少し気圧されていた。
自己紹介と挨拶が済み、部長は慣れた様子で説明をする。
「――ということだから。僕がいない時は、そうだね……頼れる先輩、翔くんをよろしくね」
「え、俺?」
「もちろん。君はこの映画研究会の副会長だからね、頑張ってもらわないと」
「……そう、ですね。えっと、小鳥遊翔です。よろしく」
陽斗がその様子をじっと観察しているような気がしたが、気のせいだと思うことにした。
部会が終わり翔は人見知りながらも新入生たちと軽く話をしていた。陽斗も近くにいたので、挨拶がてら声をかける。
「映画好きなの?」
「撮る方が好きですね。見るだけじゃ物足りないんで」
陽斗はあっさりと言い切った。その目はどこか挑戦的だ。
「へえ、すごいな。監督志望ってこと?」
「そうですね。でも、普通の人を題材にした映画を作るのが一番面白いんですよ」
「普通の人って……?」
その言葉に翔は一瞬引っかかった。
まるで翔自身のことを言われているような陽斗の表情は冗談めいているようにも見える。
「まあ、先輩みたいな人を主役にしたら、意外といい作品になるかもしれませんね」
――なんだ、こいつ……。
言葉の裏を探りたくなる挑発に、翔は苦笑いを浮かべていた。
☆ ☆ ☆
帰宅後、翔は陽斗の言葉が気になって仕方がなかった。
「はぁ……普通ってなんだよ。俺、そんなに地味かな」
高校までと特別目立つタイプではなかったが、それなりに努力してきたつもりだった。それを初対面の後輩にあっさりと称されて複雑な気持ちが生まれる。
あの後輩――長谷川陽斗の真剣な目つきや、自信満々の態度がどこか記憶に残る。
「まあ、皆に一目置かれていたし……。高校の頃に制作したっていうポートフォリオも凄かったし、あれだけ言う才能はあるよな……認めたくはない、けど」
自分を納得させるように溜息をつくと、翔は机に置かれた映画研究の資料に目を落とした。
翌日、映画研究会の活動中、陽斗はまた翔に話しかけてきた。
「先輩って、どうして映画研究会に入ったんですか?」
突然の質問に、翔は少し戸惑いながら答える。
「え? 映画が好きだからだけど……」
「ふーん、じゃあ、自分で映画を作りたいって思ったことないんですか?」
「まあ、そこまで……」
翔は言葉に詰まりながら答えた。その発言が仇となったのか、陽斗は鋭く睨み――嗤った。
「だから先輩って普通なんですよね」
「……」
――また、それか。
何も返せない。だが、陽斗が見せた一瞬の真剣な表情が気になった。
活動が終わりかけた頃、陽斗がふと翔に近寄ると小さな声で言った。
「でも……。普通の中にある面白さを見つけるのも僕の仕事です」
「……それって、どういう意味?」
「先輩が主役にふさわしいかどうか、これから見極めます。演出家として、ね」
陽斗は言いたいことだけ伝え、去る。翔はその言葉に呆れながらも、どこか放っておけない気持ちが湧いていた。
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