飼い猫には鈴を

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 昼下がり。  気持ちの良い、晴天の日だった。  新惟(にい)想思(そうし)愛川(めがわ)恋顧(こうこ)は、食後の運動にと、同棲している家の付近を散歩していた。 「見慣れた光景でも、ちょっとずつまた違うんだなあ」  恋顧が、想思に向かっていう。 「そやなあ。草が、よお伸びとるわ」 「そういうことじゃねえんだよな……」  にこにことしながら返され、微妙な顔をする。  にゃー、と声が聞こえた。  そちらに、勢いよく向けられた恋顧の表情が、一気に明るくなる。 「あ! ねこだーッ!」 「うっるさ」  想思が耳を押さえる。  それに目もくれず、数メートル先でじっとしているねこのところに、駆け寄っていく。 「かわいいー! 綺麗な黒猫だなあ。荷物でも運んでるのかい? ふふッ」 「お前、そういうアホなこと言うキャラやったっけ? 頭ポンチになっとるやないの」  置いていかれた想思が、ゆっくりと歩み寄る。  ねこはそっちをちら、と一瞬だけ見て、また、恋顧に視線を戻す。  にゃお、と一声鳴いて、足下にすり寄る。 「おあーッ! ひとなつっこいな、お前! かわいい!!」 「かわいいしか言えん機械か?」  恋顧を見下ろし、ジト目をしていた想思が、ふと、別の方向に視線をやる。 「あ、見てみ。二匹目」 「えっ?」  恋顧が、つられて視線を移動させ、さらにうれしい悲鳴を上げた。 「きゃーっ! 増えたあ!」 「変質者に遭った女か! へんな声出すな」 「さっきから、やけに冷たいな」  不服そうに、想思を見上げる。 「自分の髪なんかいじってないで、ねこ撫でたら良いのに。なに? 不機嫌なの?」 「いや? 誰かさんがあまりに挙動不審やから、驚いとるだけや」  横髪を耳にかけ、話題を変える。 「そいつら、どっちも野良かな?」 「え? いや、たぶん、こっちの黒いコは違うぜ。ほら、首輪」 「おー」  丸々とした首には、たしかに、赤いつやつやとした生地の首輪がついていた。中央で、金色の高価(たか)そうな鈴がきらりと光る。 「じゃあ、そっちは?」  あとから来た、サバトラのねこを指差す。 「ああ、地域猫だよ」 「地域猫?」  なんやそら、と首をかしげる。  恋顧が呆れた顔で、知らねえのか、と言った。 「文字通り、地域で保護してるねこだ。飼い主がいないから野良っちゃ野良なんだけど、厳密には違う。去勢もされるし、エサは地域のひとから、もらってるんだ」 「ふーん」  想思が、サバトラのほうをちらりと見る。 「耳がなんか、変な形やな。いじめられとんやろか」 「あ、それ、地域猫の証だよ。不妊手術済みってことで、切られてんだ」
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